夜の帳
穏やかな日々が続いていた。
人界での警備も軌道に乗り、元帥といえども休暇がとれるようになった。
つい、最近、北の国の原石事件も解決したし桂花の憂いも影をひそめている。
順調この上ないという、ある夜半ふと、柢王は目を覚ました。
部屋の暗さで時を知る。
変わった気配がないのを確認し、もう一度眠りにつこうと桂花に手を伸ばし固まった。
隣で眠っていると思った桂花は天井をじっと見つめ静かに泣いていた。
極めの細かいなめらかな頬の上を大粒の涙が伝っては落ちていく。
桂花の首の下に腕を差込み胸に引き寄せる。
突然のことでビクッと身体を硬直させたものの柢王を確認するとすぐ力を抜いた。
慌てて涙を払おうと伸ばした手を柢王に掴まれる。手の代わりに頬に唇が落とされ全て吸い取っていく。
頬が終わると瞼から睫の間にも唇を滑らせ癒していく。
くすぐったくなり桂花が笑みをもらすまで何度も柢王は繰り返した。
もう大丈夫と感じると指に力を込めて優しく抱きしめる。
「声だせよ。泣くなら声出して泣けよ」
桂花を天界に連れてきたのは柢王だ。
自由を奪っただけでなく泣くことさえ我慢させていたことにやりきれなさを感じた。
いっそ、責められたほうがすっきりする。
「なぁ、俺のこと信じるって言ったよな」
「ええ。信じています」
「じゃあさ、もっと甘えろよ」
桂花は柔らかい微笑で答える。
桂花は常に与え続ける側に立とうとする。愛されることに慣れていないからだ。
けれども柢王は同じだけ与え、受け取りたいと思う。
そして、そんな柢王の気持ちすらすぐに察してしまうようだ。
「十分です。十分あなたからもらっている。ただ・・・」
「ただ、なんだ?」
「永遠はないんです。それを思っていたら・・・」
「そんなこと言うなよ。俺達、まだまだこれからだぜ?」
柢王は軽く笑い飛ばす。
大きな胸に頭を埋めていると今までの不安が跡形もなく消えていく。
肩に桂花の頭をのせ抱きなおし眠りの体制を作ってやる。
桂花は黙って柢王の鼓動を聞いていたが、やがて安心して眠りに入っていった。
そんな桂花を見ながら一人天井を見つめ柢王は考えていた。
『魔族は常に刺激を求めている』
以前、桂花が教えてくれたことだ。
俺がまたケガでもすりゃいいのか?でも、そうするとあいつの笑顔は見られないしなぁなど桂花が聞いたら怒鳴りつけられそうなことを考える。
魔族の刺激というのを今まで凶悪のように考えていたが、それは違う。
刺激がないと一つのことに執着して壊れてしまうのだ。
魔族は繊細だ。人間や天界人はずっと、ずうずうしい。
そして、共感する力もあるのかもしれない。
解明されていないが天界人と魔族の寿命は違う。
桂花の不安は自分も感じていることなのだ。
「俺の気持ち伝わっちまったのか・・・」
言葉に出さない心の声。それをも感知してしまう恋人を可哀想に思った。
せめても、一人で泣かないように、泣くときはいつも側にいてやりたいと柢王は思った。