雪のこどもたち
空が青かった。
ぽっかりと浮かぶ雲、葉を落とした木の枝は白い衣を纏ってまばらに散り、その合間で、白と青がくっきり分かれていた。
「すっげー!」
輝くルビーの横で長い金髪が風に舞う。その直撃を受けて、さらに横の青い瞳が慌てて閉ざされる。
「ティア! 髪まとめろよお前!」
「あ、ごめん柢王」
服の飾り紐を外した少年は、素直に自分の髪を結った。
降りてみると風は思いのほか穏やかだった。時折、積もった雪の表面を撫でて巻き上げるのみ。お忍びで遊びに来た身には好都合だ。
南領の王子、アシュレイ。東領の王子、柢王。そして守護主天ティアランディア。彼らは文殊塾の上級生で、柢王はもうすぐ、アシュレイとティアはその次に卒業する。その後は元服して、責任を果たさなければならない。
だからだろうか、最近はとみに三人で遊ぶのが多かった。いつもなら「二人で行っておいでよ」と言うティアも、誘えば頻繁に着いてきた。
北領で雪がかなり降ったというので、三人は人気がないところを狙って来たのだった。
「見ろよ! まだ誰もここに来てないんだ! 足跡なんか全然ない!」
一面の銀世界に、南の王子は突進した。顔から倒れこんで手足を上下させ、仰向けになって笑う。
「冷たいけど気持ちいい。ティア! お前もやれよ!」
危ない、と叫びかけたティアは物問いたげに、もう一人の幼馴染を見た。
「大丈夫だって。これだけ積もってりゃ、頭から落ちたって怪我なんかしないぜ?」
彼らの足は膝近くまで埋まっている。
「頭から・・・は危ないと思う」
「そっか? じゃ、手出せ」
両手を前に伸ばした守護主天は、いきなり突き倒されて呆然とした。
「――柢王!」
「な? 大丈夫だったろ?」
ティアは手を天に差し伸べたまま微かに憤慨した。手を出せというから、前に倒されると思ったのに。
「アシュレイの奴、もうあんなとこまで行ってるぜ?」
「え?」
跳ね起きたティアの眼に映ったのは、雪の上をごろごろと転がって遠ざかって行くアシュレイだった。
「楽しそうだなー、あいつ」
「アシュレイ! 待ってくれ!」
髪や肩に雪をつけたまま、埋まりながら走るティアを見送り、柢王はふわりと浮いて踏み荒らされていないところに降り立った。幼馴染と同じように雪の上に寝転がる。
「やっぱこういうとこには、跡つけたくなるよな」
一人ごちて、幼馴染の密やかな恋路を応援する柢王だった。
ティアはアシュレイに追いつき、見下ろした。
「追いついたよ、アシュレイ」
「ああ」
うつぶせになっているアシュレイは左手で雪を叩いた。
ティアは――立ったまま倒れこむのは怖かったので、雪の上に座ってから上体を倒した。ぶつからないよう距離をとったら、アシュレイが寝返りを打ってすぐ隣に来る。
「すごい雪だよな」
「うん。北領でも、こんなに積もるのは珍しいんだって」
「へえ。俺たち、得したな」
「うん」
頭の輪郭に沿って雪が小さな崖になり、視界の下半分を雪が、上半分を空が占めている。頭を巡らせるとそこに幼馴染がいて、視線が合ったから笑った。
突然、目の前が真っ白になった。
「――柢王! 何しやがる!」
「こんなとこで寝るなよ。死ぬぞ」
「誰が寝るか!」
両手に雪玉を装備した柢王が、ストロベリーブロンドめがけて振りかぶった。
「卑怯だぞてめえ!」
アシュレイが雪を掴んで投げる。ティアも起き上がり、雪を握って固めて、二人めがけて投げた。
三つ巴の雪合戦はあっという間に三人を雪だるまにし、彼らは声を上げて笑った。三人とも同じくらい雪まみれで、それがいつも庇われているティアには嬉しかった。
「どうしよう、この格好じゃ帰れないよ。このままここに朝までいようか?」
「ここで野宿か? 雪で作った家って、カマクラって言うんだよな」
「まず風呂だろ。この先に温泉が湧いてるぜ?」
抜け目ない柢王の提案に歓声が上がる。
「源泉か? ティアは熱いの苦手だよな?」
「熱かったら雪でうめるよ、大丈夫」
「秘湯だから、動物が浸かってるかもな」
まっさらな雪に三つの足跡が並ぶ。温泉で温まった体に濡れたままの服を着て、三人とも風邪をひくのはまたあとの話だった。