クリスマスの夜に(3)
『彼にはちゃんと、招待状を送ったのだろうね?』
『はい。出席するとの返答も頂いております』
『よろしい』
計画通りの運びに、サルヴィーニは満足そうに笑った。
ここ数年、取引を重ねている彼とは、個人的な面識もあった。
東洋人独特の頑固さとしたたかさを兼ね備えた相手であったが、実力は確かだ。
未だ独身を貫いているとは聞いていたが、それとは別に、常にガードしている友人が日本にいると知り、興味を持った。
商談で会った際に、紹介してくれと言ってみたところ、それまでの見事な駆け引きをすべて忘れたように、即行で断られたのがきっかけだろうか。
その友人とやらを、サルヴィーニは詳しく調べさせた。
そして浮かび上がってきたのが一樹だったというわけだ。
彼らはそう頻繁に会っているわけでもないようだが、関係は極めて親密である。
面白い、と思った。
そして、報告書と共に一樹の写真が届くにあたって、直に会ってみようと決めたわけだ。
それも、単に会うだけでは面白みがない。
ちょっとした趣向をこらすことにした。
折しもクリスマス間近である。
予定通り一樹をイタリアに招き、彼を引き寄せる餌も用意し、後は本番を待つばかりである。
彼らの驚いた顔が浮かぶようで、サルヴィーニはほくそ笑んだ。
かくて、一樹は予想外の場所で予想外の人物と再会することとなった。
頭の先からつま先まで磨き上げられ、正装させられた一樹は、サルヴィーニにエスコートされてひとりの男に会わされたのだ。
何食わぬ顔で一樹を紹介するサルヴィーニの声など耳に入らなかった。
「慧、嫻?」
「一樹……なぜこんなところに」
呆然と見つめ合う。
「どういうことだ」
気を取り直した慧嫻は、ほとんど殺気に近い気迫を込めてサルヴィーニに向き直った。
もちろん慧嫻の元には、一樹が攫われたという報告が入っていた。
そして、一樹の居所の手がかりがあると情報を得てこのパーティーを訪れたのだ。
まさか、主催者に連れられて堂々と会場に現れるとまでは思っていなかった。
サルヴィーニは本気で怒りをあらわにしている慧嫻を恐れる風でもなく、面白そうに笑っている。
『私からのプレゼントはお気に召して頂けたかな?』
『一樹のことか』
『他にあるとでも?』
『……』
『せっかくのクリスマスだというのに、お二人はお互いに仕事だとかでお会いになれないとか。無粋なことではありませんか。しかも、こういったことは一度や二度ではきかないようだ』
芝居がかったサルヴィーニの口調になんとなくこの先が読めて、一樹は思わず額を抑えて低く唸った。
『まさかとは思いますが、ミスタ・サルヴィーニ。俺たちを会わせるためだけに、これだけのことを仕組んだのですか?』
『おや。お気に召さなかったかな?』
悪びれもせずに首をかしげて見せたサルヴィーニに、一気に脱力した。
そういう問題ではない。
『帰らせて頂きます』
『つれないことを言うのではないよ』
反省の気配など微塵もない。
慧嫻に至っては、口をきく余力も残っていないようだった。
サルヴィーニは楽しげに続ける。
『今晩は二人でゆっくりしていくといい。部屋も用意してある』
部屋とは、一樹が滞在していたあの部屋のことだろう。
一樹と慧嫻は、何とも言えない表情のまま顔を見合わせた。
そして慧嫻は肩をすくめた。どうやら開き直ってしまったようだ。
『ではミスタ・サルヴィーニ。これは貴方流の接待と言うことなのか』
『もちろん、そう取って頂いても問題ありません』
『それなら、喜んで受けさせてもらいましょう』
「慧嫻! ふざけるな」
「どうせこの男は決めたことは覆さない。どのみちいまから飛行機に乗ったとしても、仕事には間に合わないだろう」
この男は、昔からこうだった。
一樹はあきらめにも似た溜息をつく。
『明日の午前中にはここを発ちます。よろしいですか?』
『良い夜を』
了承の証か、サルヴィーニは軽くうなずいた。
「まさか、こんなところで会えるとは思わなかった」
「俺もだよ。まったく、おまえの取引相手はいったいどうなってるんだ?」
「強引なのは初めから変わってないな」
「付き合う相手を選んだ方が良い」
本気で、一樹は忠告した。
サルヴィーニのおかげで、一樹の予定は滅茶苦茶になったのだ。
傍若無人もここに極まれりである。
「いくらやり手でも、これはちょっとやりすぎなんじゃないか?」
慧嫻は苦笑して一樹に同意を示した。
「しかし、彼の話はもう良いだろう」
「良くない」
「もうしないようにきちんと話をしておく」
「それで済むとでも?」
「二度とこんなことはないようにする」
「ふうん?」
「だから、明日までの残り時間は、俺のために使ってもらえないだろうか」
懇願するような眼で覗き込まれて、一樹は思わず吹き出した。
まったく、可愛い男である。
「朝まで?」
「寝る時間がもったいない」
慧嫻は断じた。
「俺は疲れたんだけど」
「機内でゆっくり眠ればいいだろう」
悪戯っぽい慧嫻の提案に、一樹も同意することにした。
どんなシチュエーションであるにせよ、久々の逢瀬には違いなかった。
周到に用意されていたシャンパンで、二人は乾杯をした。
絶対に邪魔は入らない。
この忙しい時期に一晩も一緒にゆっくりできるなど、ほとんど奇跡に近かった。
その点に関してだけは、サルヴィーニに感謝しても良いかもしれないと、一樹は思った。
もちろん、二度とはごめんだったが。
久々に、独占欲を味わうことができたのも事実なのだ。
この極上の男が、いまは一樹だけのものである。
自然に、笑みがこぼれた。
「メリークリスマス」
すべての雑事も、後数時間だけは、棚の上で眠ってもらうことにしよう。
聖なる夜は恋人と二人で。
それが、由緒正しいクリスマスの過ごし方というものである。