プレゼント (後)
そして。
今年も、いよいよあと数分で11月3日になる。
いま、俺と二葉は賃貸のマンションにふたりで住んでいる。
明日は休みだし、なにより二葉の誕生日だから、今日あったことやたわいない話をしながら、ソファを背もたれにラグにそのままふたりで座り込んで、ゆっくり日付が変わるのを待っていた。
毎年思うんだ。二葉の誕生日に、俺の中のいろんな大切な気持ち、一緒にいて嬉しい気持ちや安らぐ気持ち、これからもずっと一緒にいたいと願う気持ち…、そういうのをおまえに伝えられたらなって…。言葉にできればいいんだけど、やっぱり照れくさいし、うまく伝えられないと思う。
そういえば…と、この前見たテレビの再放送のドラマの主題歌を思い出した。
どんなに伝えたがっても、言葉は心を超えない、心に勝てない、ってフレーズ…。
ピアノ、続けてればよかったな…、ふとそう思った。そう言えるほど習ってたわけじゃないけど。
ピアノに限らず、音楽や絵や、たとえば譲二先生みたいに服でもいい。言葉以外のなにかで気持ちをそのまま表現できたら。それが、瞬間のものでもいい。想いを伝えられるものなら…。
って、俺も往生際が悪いよな。この期に及んで、って感じ…。
そんなことを考えるうちに、時計の針が12のところで重なろうとしていた。
「おめでとう、二葉」
「サンキュ」
ううっ…その笑顔がいまの俺にはまぶしすぎます…。
俺には音楽も絵も服も、心を伝える言葉もない。うん。…ひとつ息をつくと、俺は覚悟(?)を決めた。
「…えっと、プレゼント、なんだけど…。いろいろ考えたんだけど、いいのが見つからなくて」
そう言って少し口ごもる俺に、二葉は口唇の端だけでちょっと笑った気がした。
「だから…、自分でもどうかと思うんだけど…」
「ん?」
「おまえが喜びそうなもの、っていうか、こと、っていうか…」
ううっ…。
ほんとにこんなのでいいのか小沼っ…。
「…二葉、」
男は度胸!!
二葉の両手を取り、上目づかいに目を合わせ、ちょっと小首を傾げて言ってみる。
「今日は、ずっと一緒にいよう?」
「・・・」
「あ、いや、だからっっ…おお小沼が、」
ほら見ろ、やっぱり!!
小沼がやって見せてくれたときは可愛くて一瞬「いいかも…」と思ったけどっ。
プレゼント(?)も、さりげなくて「いいかも…」と思ったけどっっ。
俺がやっても可愛くないし、俺が言うとさりげなさ過ぎだよ…。
俺は泣きそな気分で、小沼に悪いと思いながら、ここにはいない親友の陰に隠れようとした。
「小沼が、二葉が単純にいちばん喜びそうなプレゼントはこれだろうって…や、でも、そそんなの、いつもの休みの日と変わんないしっ、ありきたりすぎるよなっ…」
完全に焦りまくった俺に、
「ラッキー♪」
二葉は笑顔全開でそう答えた。
「え?」
「すげ、嬉しいぜ」
「え、いや、でもっ」
そんなに喜ばれると、さっきとは違う意味で焦っちゃうよ…。
「今日一日、ずーっと俺のもんだな」
…そ、そんなの、今日だけじゃないじゃないか。
「ずっと、手ぇ繋いでようぜ」
どこでだって、繋いでくるくせに。
「んー、どっかデートする? それとも、一日部屋でまったり、つーのもいいよなー。観てないDVDとか、まだあったしなー」
だから、そんなの、いつもと変わらないってば。
「なにか、希望ある?」
おまえの誕生日なのに、なんで俺に聞くんだよ。
「忍?」
「バカ…っ」
「ひっでーな」
そう言って楽しそうに笑うのなんて、反則だよ…。
二葉の誕生日、なのに。
おまえが、行きたいとこでいいのに…。
おまえのしたいことで、いいのに…。
普通のなにげないもので充分喜んでくれる奴だって分かってた。
分かってたけど…。
それきり二葉も黙ってしまったから、俺は少し考えて、
「…行きたいとこ、ある」
二葉の目を見て口にした。
大事なのは、二葉の気持ちと俺の気持ち。
「一緒に行って?」
「どこ?」
微笑みながら二葉が訊く。
「…綺麗な花、いっぱい持って、お墓参り行こう」
一瞬、ちょっと驚いたみたいな顔して、…すぐに二葉は優しく言った。
「ありがとう」
「…晴れると、いいね」
穏やかに、返事の代わりに二葉が俺を引き寄せた。
目が覚めたら、ふたり一緒に出かけよう。
二葉のママに、ありがとうを伝えよう。
二葉が生まれた奇跡に、二葉と出会えた奇跡に、今となりに在ることのしあわせに、二葉と一緒に心からの、ありがとうを。
それから、二葉のパパや幹さんたちや、一樹さんや小沼や卓也さんに会いに行くんだ。
俺たちはふたりだけど、ふたりだけじゃないから。
おまえが生まれた日は、俺には全てに感謝したい日なんだって思う。
二葉、誕生日おめでとう。そして、ありがとう。…大好きだよ。
「今日、手、繋いで行こうか?」
そう言ったら、二葉、ビックリしちゃうだろうな。
想像して、自然と口元がほころんだ。
…もちろん、言ってみるだけだけどね。