投稿(妄想)小説の部屋

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No.538 (2004/11/03 02:28) 投稿者:モリヤマ

プレゼント (後)

 そして。
 今年も、いよいよあと数分で11月3日になる。
 いま、俺と二葉は賃貸のマンションにふたりで住んでいる。
 明日は休みだし、なにより二葉の誕生日だから、今日あったことやたわいない話をしながら、ソファを背もたれにラグにそのままふたりで座り込んで、ゆっくり日付が変わるのを待っていた。
 毎年思うんだ。二葉の誕生日に、俺の中のいろんな大切な気持ち、一緒にいて嬉しい気持ちや安らぐ気持ち、これからもずっと一緒にいたいと願う気持ち…、そういうのをおまえに伝えられたらなって…。言葉にできればいいんだけど、やっぱり照れくさいし、うまく伝えられないと思う。
 そういえば…と、この前見たテレビの再放送のドラマの主題歌を思い出した。
 どんなに伝えたがっても、言葉は心を超えない、心に勝てない、ってフレーズ…。
 ピアノ、続けてればよかったな…、ふとそう思った。そう言えるほど習ってたわけじゃないけど。
 ピアノに限らず、音楽や絵や、たとえば譲二先生みたいに服でもいい。言葉以外のなにかで気持ちをそのまま表現できたら。それが、瞬間のものでもいい。想いを伝えられるものなら…。
 って、俺も往生際が悪いよな。この期に及んで、って感じ…。
 そんなことを考えるうちに、時計の針が12のところで重なろうとしていた。
 「おめでとう、二葉」
「サンキュ」
 ううっ…その笑顔がいまの俺にはまぶしすぎます…。
 俺には音楽も絵も服も、心を伝える言葉もない。うん。…ひとつ息をつくと、俺は覚悟(?)を決めた。
「…えっと、プレゼント、なんだけど…。いろいろ考えたんだけど、いいのが見つからなくて」
 そう言って少し口ごもる俺に、二葉は口唇の端だけでちょっと笑った気がした。
「だから…、自分でもどうかと思うんだけど…」
「ん?」
「おまえが喜びそうなもの、っていうか、こと、っていうか…」
 ううっ…。
 ほんとにこんなのでいいのか小沼っ…。
「…二葉、」
 男は度胸!!
 二葉の両手を取り、上目づかいに目を合わせ、ちょっと小首を傾げて言ってみる。
「今日は、ずっと一緒にいよう?」
「・・・」
「あ、いや、だからっっ…おお小沼が、」
 ほら見ろ、やっぱり!!
 小沼がやって見せてくれたときは可愛くて一瞬「いいかも…」と思ったけどっ。
 プレゼント(?)も、さりげなくて「いいかも…」と思ったけどっっ。
 俺がやっても可愛くないし、俺が言うとさりげなさ過ぎだよ…。
 俺は泣きそな気分で、小沼に悪いと思いながら、ここにはいない親友の陰に隠れようとした。
「小沼が、二葉が単純にいちばん喜びそうなプレゼントはこれだろうって…や、でも、そそんなの、いつもの休みの日と変わんないしっ、ありきたりすぎるよなっ…」
 完全に焦りまくった俺に、
「ラッキー♪」
 二葉は笑顔全開でそう答えた。
「え?」
「すげ、嬉しいぜ」
「え、いや、でもっ」
 そんなに喜ばれると、さっきとは違う意味で焦っちゃうよ…。
「今日一日、ずーっと俺のもんだな」
 …そ、そんなの、今日だけじゃないじゃないか。
「ずっと、手ぇ繋いでようぜ」
 どこでだって、繋いでくるくせに。
「んー、どっかデートする? それとも、一日部屋でまったり、つーのもいいよなー。観てないDVDとか、まだあったしなー」
 だから、そんなの、いつもと変わらないってば。
「なにか、希望ある?」
 おまえの誕生日なのに、なんで俺に聞くんだよ。
「忍?」
「バカ…っ」
「ひっでーな」
 そう言って楽しそうに笑うのなんて、反則だよ…。
 二葉の誕生日、なのに。
 おまえが、行きたいとこでいいのに…。
 おまえのしたいことで、いいのに…。
 普通のなにげないもので充分喜んでくれる奴だって分かってた。
 分かってたけど…。
 それきり二葉も黙ってしまったから、俺は少し考えて、
「…行きたいとこ、ある」
 二葉の目を見て口にした。
 大事なのは、二葉の気持ちと俺の気持ち。
「一緒に行って?」
「どこ?」
 微笑みながら二葉が訊く。
「…綺麗な花、いっぱい持って、お墓参り行こう」
 一瞬、ちょっと驚いたみたいな顔して、…すぐに二葉は優しく言った。
「ありがとう」
「…晴れると、いいね」
 穏やかに、返事の代わりに二葉が俺を引き寄せた。

 目が覚めたら、ふたり一緒に出かけよう。
 二葉のママに、ありがとうを伝えよう。
 二葉が生まれた奇跡に、二葉と出会えた奇跡に、今となりに在ることのしあわせに、二葉と一緒に心からの、ありがとうを。
 それから、二葉のパパや幹さんたちや、一樹さんや小沼や卓也さんに会いに行くんだ。
 俺たちはふたりだけど、ふたりだけじゃないから。
 おまえが生まれた日は、俺には全てに感謝したい日なんだって思う。
 二葉、誕生日おめでとう。そして、ありがとう。…大好きだよ。

「今日、手、繋いで行こうか?」
 そう言ったら、二葉、ビックリしちゃうだろうな。
 想像して、自然と口元がほころんだ。
 …もちろん、言ってみるだけだけどね。


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