二葉と俺と…と。
「ん? ママのとこに行きたいのかぁ」
二葉がそう言いながら俺に抱かせたのは、生後半年になる男の赤ん坊。
母さんの友人の娘さんの子で、親子で旅行したいからって母さんに赤ん坊の世話を頼んだとか…。
でもウチって美容院だろ?
母さんは現役の美容師だし。
『無責任じゃないの? 母さん』
『だって…息抜きしたいものなのよ、母親って。私もアナタを預けて父さんと旅行に行ったもの』
なんてニッコリと微笑むんだよね。
こういうときの母さんの笑みは一樹さん並かもしれない。
母親の笑顔に弱いのは子供の宿命だな、うん。
こんないきさつで、俺のところにこの子が来たんだけど…誰よりも何よりも喜んだのが二葉。
普段から
『ハニーの子が欲しい』
なんて言ってるくらいだから、そのテンションの高さや行動力のほうが赤ん坊の世話より大変かも…なんて思ってしまうよ。
「なぁ、忍、そろそろメシなんじゃないのか?」
壁には二葉が作った赤ん坊のタイムスケジュールが貼ってある。
簡単なメモ書きを貼っておいたら、いつの間にか綺麗なタイムスケジュールに変わってたんだ。
俺はその紙にチラッと視線を移したあと、母さんから預かったスーパーの袋の中から、離乳食用のビン詰めを一つ出した。
「二葉、はい、コレ。レンジで温めるだけでいいみたいだよ」
「…ダメダメこんなの! 今、オレが作ってやっから待ってな」
二葉は俺と俺の抱っこする赤ん坊のほっぺをツンとつつくとキッチンへと姿を消した。
「二葉、何作るかわかってるの?」
「まかせとけって」
二葉の料理はプロ級だって認めるよ、認めるけど、離乳食なんて作ったことあるのかな?
なんとなく心配になってキッチンを覗いてみたんだ。
「えっ」
二葉ってばビン詰めの味見してる…。
「おまえも食ってみるか?」
ほら…と差し出されたスプーンに最初は躊躇ったけど、二葉に促されるまま恐る恐る口を近づけてみたんだ。
見た目がちょっと…だけど、思ったより美味しんでビックリ。
かなり、薄味だけどね。
「冷蔵庫にあるもので作れそう?」
当たり前! と言うように親指を立てて俺たちをキッチンから追い出した二葉。
手際よく、テキパキと動く二葉の姿がなんとも頼もしくて、少し見とれながらわざと二葉に聞こえるよう
「今、二葉ママが美味しいご飯を作ってくれてるから、いいこで待ってようね」
そう、手の中の子に言ったんだ。
即座にキッチンから返ってきた言葉は
「おまえにも同じもの作ってよるよ、オレの可愛いハニー」
げっ…
それだけは…
「あの…あのね、二葉、俺には普通のご飯をお願いしたいんだけど…」
「我侭だな、忍ママは…」
二葉はどうしても俺を『ママ』と呼びたいみたいだね。
まぁ、いいんだけどさ、そんなこと。
たまには、こんな穏やかな生活も悪くないかな。
なんて…母さんにちょっとだけ感謝。
でも…。
この子のお迎えが来たあとの二葉が心配だよ。
ひょっとしたら、コレを読んでるみんなも同じじゃない?
なんて思うのは俺だけかな…。