投稿(妄想)小説の部屋

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No.514 (2003/12/25 00:21) 投稿者:じたん

HEART OF GOLD

 両の手でまるい鳥かごを作り、絹一はその中にあるものの音を鳴らしてみる。
 言葉で表現出来ない、不思議な音色を響かせるものの正体は、銀色に輝く小さなハート。。
 ふっくらとまるいデザインが可愛くて、ついつい何度も鳴らしていると、鷲尾が呆れた様子でやってきた。
「そんなに気に入ったのか?それ」
「だって、可愛いじゃないですか」
 つるつるしてて、手触りもいいし・・・と、絹一は目の前のじゅうたんの上に胡坐をかいて座った男の顔を見ながら、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「で、お前のそのお気に入りの用途は、なんなんだ?」
「・・・なんでしょうね」
 実ははっきりとは知らないんです・・・と声を小さくした絹一は、改めて手の中のころんとした銀のハートを見た。
 コレが入っていた袋についていたタグには、‘ヒーリング・ハート’ と記されていた。
 その不思議な音色が、心を癒してくれるのだとも。
 だから本来の用途はその類のものなのだろうけれど。
 でも、ペイパー・ウェイトに使ってもいいらしいし・・・と一人で続ける絹一を、また呆れたような鷲尾が見る。
「こら、一人で会話してるなって」
「あ、ごめんなさい」
 今度は別の意味で顔を赤くした絹一に、鷲尾は小さく苦笑した。

 それは去年の12月25日のこと。
 六本木にあるクラブ‘イエロー・パープル’でイブから開かれていたクリスマス・パーティーに、オーナーである一樹に誘われ、絹一は仕事を定時で上がると店まで出向いた。
 絹一が着いた頃にはかなり盛り上がっていて、パーティーには付き物のビンゴ大会が丁度始まるところだった。
 着いた早々、酔ったふりをした桔梗に抱きつかれ、俺達同じ誕生日なんだよね〜と、ドサクサ紛れに絹一は頬に一日遅れの祝福を受けた。
 そんなふうに大勢の人間に祝われる誕生日は初めてで、少し面映いような・・・それでも、とても嬉しかったのをおぼえている。
 一樹から受け取ったウェルカム・シャンパンを飲んだあと、両の手を忍と二葉にエスコートされ、席に着いたところで始まったビンゴで、一番初めに絹一が当てたのが、今手の中にあるものなのだ。
 銀色にピカピカ光る、可愛らしいハート。自分の手の中に収まってしまう、小さなハート。
 でも。
「・・・一。絹一?」
 でも、正確にはこれだけじゃなかったのだけれど・・・と、ふと思い出したところで、鷲尾の声に思考を遮られてしまった。
 見つめていたハートから鷲尾に視線を移し、絹一はあわてて返事をする。
「はい?」
「はい? じゃない。・・・ったく」
 一人でなに考え込んでるんだ?と聞いてくる鷲尾は、表情は呆れ顔そのものだが。
 また、何か良からぬこと・・・見当はずれの取り越し苦労のこと・・・を考えているんじゃあるまいな、と心中は穏やかでないことぐらいは、最近、なんとなくわかるようになった絹一である。
 だから彼を心配させまいとにっこり微笑むと、絹一はもう一度手の中で鳴らしてみようとした。
 その時。
 鷲尾の腕が伸びてきて、正面からハートを握った絹一の指に、その長い指を絡めてきた。
 鷲尾の手が大きいせいで、出来上がった鳥かごは先ほどのものより、ずいぶんといびつである。
 その、あまりの不格好さに、絹一は小さく吹き出してしまった。
「笑うな」
「すみません」
 そう言いながらも、耐え切れないのか、絹一はくすくすと笑い続けている。
 屈託なく笑う絹一に、切れ長の目を少し細めながら、鷲尾はかまわず手を揺らして、涼やかな音色を鳴らしてみせた。
 その、形に出来ない不思議な音色は、たとえるならば夏の夜に見る月。
 清らかな川辺に漂う、蛍の優しい光。
 そよそよと流れる風のように・・・涼やかで柔らかい、自然の音色。
 空気を震わせながら、耳元に流れてくるその音に、絹一がうっとりと目を閉じた時。
 優しいセレナーデを奏でてくれていた鷲尾の大きな手が、ハートごと自分の手を握り込んだかと思うと。
 まるで空を舞わせるようにして・・・彼の広い胸に引き寄せられた。
 じゅうたんに座る鷲尾の膝の上に、絹一はとっさに埋まるように身体を丸める。
 そして当たり前のようにしっとりと唇を重ねてきた鷲尾に、自分から深くなるようにして応えながら、絹一は鷲尾の左の胸にシャツの上からそっと手のひらで触れた。
 触れて・・・微かに力を込める。
 そこにある心が、今は自分だけに向けられているのを、確かめるように。
 同時に、鷲尾の手に握られている方の手もそっと動かし、自分から彼の長い指に指を絡めていく。
 そして再び思い出していた。
 もうひとつの、銀色のハートのことを。
 ビンゴで当たったハートは本当はふたつ揃いで、今絹一の手の中にある小さなものの他に、大きなものもあったのだ。
 けれど、自分は他の人にあげてしまった。
 大きなハートは。
「・・・鷲尾さん」
 ここに、あるから・・・・・
 絹一がうっとりと目を閉じる。
 お互いに絡めあった手の中にあるのは、自分の心。
 鷲尾にしっかりと捕らえられてしまった、自分の・・・・・
そして自分の右手がそっとその、厚い胸の上から確かめているのが、自分にとってのヒーリング・ハート。
 でも、自分を癒してくれるこの心は、銀色ではない。
 色で例えるなら・・・それは光り輝くような、ゴールデン・イエロー。
 その美しさは、けがれを知らない純真無垢なものではなく。
 さまざまなことに傷つきながらも、ひとつひとつ乗り越えることで創り上げられてきた、この世にひとつしかない強靭でしなやかな心。
 生まれて初めて欲しいと思った・・・絹一を惹きつけてやまない、ただひとつのヒーリング・ハート。
 唇が離れた瞬間、吐息のような声で自分に呼びかけたきり、いつまでもその先を続けようとしない絹一に、鷲尾は彼の額に自分のそれを重ねることでそっと言葉を促した。
 急かすつもりはないが・・・なんだ?と。
 穏やかに見つめてくる鷲尾の瞳を下から見上げながら、絹一は幸せそうにそっと微笑んだ。
 この大きく広い黄金の心は、二度と自分を彷徨わせたりはしないだろう。
 太陽のように眩しくて暖かな心は、そっと自分をこの場所に縫いとめてくれはず。
 今も・・・これからも、ずっと。
 だから。
 小さく苦笑しながら、また何か考えてるな・・・と、きっと思っているだろう目の前の愛しい彼を、やはり安心させてあげるために。
 自分だけのヒーリング・ハートの効能を、ウェイト代わりでもいいけれど・・・と、何も知らない当の持ち主に、絹一は悪戯っぽい口調で教えてやった。

END


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