Happy Lonely Christmas
「う〜〜。外は寒そうだね…ミント…」
窓の外は雪がちらつき始めていて、風もさっきより強くなったようだ。
ミントの名前を呼びながら絹一が振り返ると、のんきそうにソファーの上で眠っていた猫は、お愛想のようにしっぽだけふっている。
「くすっ。おまえねぇ…。まぁ、ミントには外の天気なんて関係ないよね。」
そばに寄っていって、耳の後ろやあごの下をなでてやると、のどをゴロゴロ鳴らし始める。
「ミント…かわいい…。」
抱き上げたい気持ちを抑えて、なでてやるだけで我慢する。
くつろいでいる時に、無理に抱かれるのを、ミントは嫌う。
そうしておいて、そ知らぬふりで本など読んでいると、いつの間にか絹一のひざの上にのっかって来たりするのだ。
『追いかけちゃダメだ。』と、鷲尾が教えてくれた。
『わざと無視すると、かまってほしくて甘えてくるんだ。』
今日は12月24日、世間はクリスマスイヴだ。
絹一が普段通り仕事をこなして、2時間ほど残業したあと、そろそろ切り上げようかという時に、ギルが携帯に電話をしてきた。
何かうまいもんでも食いにこうと、誘ってくれたのだ。ギルは相変わらずやさしい。
『今日も、どうせ、あいつはいないんだろう…。ったく、いつまで…。』
年末年始にまとめて休みを取るため、この時期鷲尾は忙しい。
それは、鷲尾がこの仕事を始めた時から、ずっと変わらないらしい。
「いや…、やっぱり帰るよ。ごめん…、ギル。ミントもいるしね。ありがとう。」
いつものパターンで、ギルが不機嫌になる前に、さっさとあやまってしまう。
ミントのことを持ち出すとギルは何も言えなくなるのだ。
それに、ミントは一人で留守番も出来るようになったが、やっぱり心配なのだ。
『雪が降りそうだから、気をつけて帰れよ。』
「早く帰ってきて、良かったよ。ほら、雪が降ってきた…。」
ギルが言ったとおり降り出した雪を、少しの間、窓から眺めていたが、やがてカーテンをひきながら、ミントに話しかけていた。
ここは、絹一の借りている部屋の3階上にある鷲尾の部屋だ。
ミントはすっかりこの部屋の住人になっている。そして絹一も。
勝手知ったる…で、おもむろに冷蔵庫を開けて、スープストックを取り出した。
鷲尾が作っておいてくれたものだ。
ホールトマトの缶詰も開ける。簡単にリゾットを作るつもりだ。
あとは、帰りに買ってきた生ハムとグレープフルーツでサラダ。
それからクラッカーと冷蔵庫にあったチーズを盛り付けて。
そして、シャンパン。
シャンパンはお店の人にも聞いて、お勧めを2本買ってきた。
「う〜ん。俺としては上出来のクリスマスイヴのディナーだよね?! ミントもそう思うだろ。」
ここに越してきた頃の、コーヒーをぶちまけてやけどしていた自分を思えば、格段の進歩だ。
「まぁ、全部鷲尾さんのおかげだけど…。」
最近は、こういうこともけっこう楽しいと思えるようになっている。
料理を作るのが、割りとどころじゃなくうまい鷲尾のそばで、見たり手伝ったりしているうちに、いつの間にか、なんとなく出来るようになっていた。
もちろん鷲尾とは、比ぶべくもないが…。
イヴの晩餐の準備をするため、キッチンでひとりぱたぱたしていた時、またしても携帯が。
「はい。穐谷です。」
「メリークリスマス! …絹一。」
「えっ?」
「ふふっ…。いま何処にいるの?」
「あぁ…。もう家にいますよ。いまから、夕食を作ろうかと…。」
「ちょうどよかった。夕食もまだなら、こっちにおいでよ?つまみならいっぱいあるし、おなかが空いてるなら、なにか作ってあげるから。」
「‥いや。…今日は…。やめておきます。雪も降ってるし、猫もいるし…。」
「今日は? 今日も、でしょ。最近、よっぽど、居心地いいんだね。彼のうちが。くすっ。」
「いや、そういうわけじゃ…。猫がいるから…。」
「ミントのおかげ? それだけ? でもすごいじゃない。絹一が、うちでひとりで、自分のために夕食を作ってるなんて。」
「一樹さん、その言い方はひどいな。俺は子供じゃないですよ。自分の食事くらい自分で何とか…。あっ…。」
「ん…? どうしたの?」
「いや…。俺…、自分のこと、出来てなかった…んですよね…。今まで…。」
「そこが可愛いかったんだけど、俺としてはね。ほっとけなくて…」
「…一樹さん…」
「ふふっ。今は出来るんでしょ? さっきそう言ったじゃない、夕食作るって。」
「あ…。ええ。」
「絹一は、自分が気持ちいいと思える場所を見つけたんだね。うちにいる時間が、安心できて気持ちいいのなら、そこが絹一の居場所だね。…おめでと。」
「えっ…」
「今日、お誕生日でしょ?」
「あ…。知ってたんですか?なんで…そんなこと…。」
「お誕生日、おめでとうって言われるの、いやだった?」
「 … 」
「でも、生まれてきたから、今の場所に来れたんだよ。」
夕食を済ませて、ソファーでミントと遊んでやりながら、残りのシャンパンをゆっくり飲んだ。
少し酔ったみたいだ。気持ちいい。ここが、俺の、居場所…。
…生まれてきて、鷲尾さんに逢えて、よかった…と、素直に思える自分が、うれしい。
くつろいで、安心しきって眠るミントを見ていると、自分まで眠くなってきた。
*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*〜*
真夜の2時過ぎ、もう雪は止んでいた。
雪が大気中のゴミやチリまで取り去ってくれたせいで、遠くに光るネオンまでくっきり浮かび上がって見える。
キーンとはりつめた夜景は、雪が降っていたときよりも、寒く感じるほどだが、それが逆に気持ちをすっきりさせてくれる。
鷲尾はそう感じながら、首都高を自宅のマンションに向かってとばしいた。
カーラジオから良く知っている曲のメロディーが聞こえる。
昔、ヒットした曲のカバーだ。
聞こえてくる声は心地よく、耳の奥深くまで届く気がする。
『♪見上げてごらん〜 夜の星を〜 小さな… …ささやかな… 』
「『星に願いを』か。あいつはもう寝てるだろうな。たぶんソファーだ。ミントと一緒に…。…ったく。いつまで経ってもガキなんだから…。」