スタート!(ダーリン・カムバック3)
クリスマスのディスプレイで街がキラキラしだした頃だった。
店先から次々聴こえるジングルベル達に混ざって、昔聴いたことがあるようなアイドル系な歌声がいやにはっきり耳に届いた。
…恋したとき、誰もが自分だけの神様に会える。
そんな感じの歌。
「神様ねぇ…」
ほんとにいるんなら、とっくに会ってるはずだよなぁ…。
そんな突っ込みをひとり嘲笑で切り捨てると、俺はいつもの場所へと急いだ。
そして、忍とはじめて会ったんだ。
…っていうか、なんか俺、はっきり覚えてないんだよな。
朝起きてメシ食って学校行って騒いで…。大切なものは適当にあったけど、本当に大事だと思えるものは家族以外では従兄弟のキョウだけで。同じ中学に通えない現実に、それでも合わせられるだけの時間をあいつに合わせて過ごしてた。
そん時の俺には、ほんと、キョウしか見えてなかったんだ。
忍を紹介されても「キョウの学校のちょっとカワイイ奴」くらいの印象で。
ある意味、カツアゲ(?)収穫金の拒否さえなかったら、よくも悪くもない、「ちょっとカワイコちゃん」な認識だけで終わってたかもしれなくて。(いや、わかんないけどさ)
ただ、キョウ自身、妙にあいつにべったりなついてたから、ちょっと心配つーか…気にはなったけどな。
で、そのあともあいつ、俺のキョウと仲良くツルんでたもんだから、必然的に顔合わしたり話したりする機会があったりして。
…なんか違ったんだよな。なんだろう。
真面目、つーのは、最初に会ったときからなんとなくわかったけど。
あと、ひかえめで。
でもそれだけじゃなく、頑固だったり。
最初んとき金を受け取らなかったのは、別にまあそういうのもありかと思えたし。
でもあの場面で断るなんて、なかなかできる事じゃねぇよなーなんて考えてみたりもして。
それよりなにより、突然出てきた奴にキョウがべったりなついたり信頼したり…、あろうことか、この俺様より(!)キョウや卓也のこと見えてるらしいつーのが、…なんかっ…なんかっっ…納得できないっていうか。
一樹も会ってすぐあいつのこと信頼するしさ。
わけわかんなくて、それで素直になれなかったりもしたんだよな、うん。
いろんな違いをあーだこーだって挙げ連ねて、だからあいつのこと好きになったんだーって言えないこともないけどさ。でもたぶん、それまで自分の周りにいた奴らと、あのときリアルに感じていた忍との違いや違和感は、やっぱり今言葉になんかなんねぇ。
今までの奴なら、俺がああ言えばこう返すだろうとか、相手も主張してくるから俺も遠慮なく言い返したりとか。まあ、向こうではそんなふうに教育されたりもするから、みんな自分をアピールするのはうまかったんだろうけどな。(キョウは天然でアピールの天才だけどな。…わがままつーか、おねだりつーか。/笑)
でも、だからって俺たちに不安がないわけじゃないんだ。
主張する裏には、いつだって不安がある。不安だからこそ、主張できる自分を信じようとする。信じられる自分であろうと努力する。
ある程度、自分と似た部分や習慣なんかが根底にあれば、話もわかるし地雷もわかる。
突っ込んでいいとこと、引くべきところもなんとなくわかる。
だから、そういう奴らとはつきあうのも楽だった。
でも、忍は違ったんだよな。
うーん…。「日本人」だから違う、っていうんじゃなくて…。
なんだろう…。
「おはよ〜〜〜〜?」
言われたとたん、どつかれた。目の前の従兄弟は営業用のメイクでにっこり笑うと、絨毯にそのまま座り込んでソファにもたれる俺を、仁王立ちでふんぞり返って見下ろしてきた。
「…キョウ〜〜〜〜」
「なーに寝てんのかなっ、目ぇ開けたまんまさっ」
こいつは…いったいどこから入ってきたんだ!?
「ああ、鍵あいてたからさ〜。勝手に入ってきちゃったよ」
…あいてても入るな。入るならピンポン鳴らせ!!
「二葉さ〜、今日記念日だから出かけるって言ってなかったっけー?」
部屋の中を見渡しながら、うすらとぼけたことを言いやがる。
「なのになんでこんなとこで蝋人形なわけ〜??」
…わかってて言ってるな、こいつ。
「…てめぇが仕事で忍が休めないからだろーがっっ!!」
「あ!なーんだ〜〜〜〜。俺のせいか〜ごめんね〜〜〜〜っっ♪♪」
…楽しそうだな、おい。
「でもさー、二葉は誕生日に温泉とか行っちゃったわけだしぃー? 今だって、ふたりでうれしはずかしの同棲中♪みたいな感じだしぃー?…いいじゃん別に!!フンッッ!!」
…って。
あの…なんで俺より不機嫌なんだよ、おまえ。(汗)
「あーあ!つまんなーい!!元はといえば、忍は俺の大事な大事な親友なのにさーっ!
なーんで二葉なんかに遠慮してつきあわなくちゃいけないんだよ、もう〜〜〜〜!!」
…遠慮って、おまえ辞書ひけよ、正しい意味をさ。
「俺なんてねー、仕事じゃなきゃ忍には滅多に会えないんだからね!」
…おまえの仕事、最近詰まってるから俺より会ってる時間なげぇだろーがっっ。
「ったく。忍の幸せのためと思えば、俺だって我慢してるっていうのに!!」
だから、どこがだよ。
「とりあえず、…これ!」
と、バシッと突然手渡されたものは。
「俺からのプレゼント!」
「・・・プレゼント?」
「ほんとは今日は、俺と忍が親友の契りを交わした運命の記念日でもあるんだからね!」
ビシィッ!と人差し指立ててまくし立てるこいつは、俺の話なんか聞いちゃいねぇ。
「で、プレゼント♪ 仕事とはいえ、今日は俺を優先してもらっちゃったからさっ。んー、忍はまだちょーーっとばかり恥ずかしがってるとこがあるかもだしっ?…もしかしたらお役立ちな一品になるかもだよ旦那っっ♪ いよっ、憎いねこの〜〜今夜はお楽しみだね〜〜〜っっ♪♪」
そりゃ、おまえを基準にしたら誰だって恥ずかしがり屋だよ…、って、「お役立ち?」
「だーかーらっ、…横流しっ。えへっ♪」
そして俺の手にその「お役立ちの横流し」とやらを残して、突風のように奴は去っていった。
「俺の誕生日、来月だからね〜〜!! 気ぃ遣わなくていいから、ヨロシクー!!」
…遣う気、全っ然っっ、なかったんですが。
「あれ? 二葉、起きてたんだ」
それからしばらくして、俺の忍が帰ってきた。
そんなに遅い時間でなくても、俺がいるときは俺が忍を出迎えたいのに、できるだけこいつはカギを使って自分でドアを開けようとする。俺の時間を大切にしたいからとか言って。前に風邪のときに無理して忍を出迎えたのがいけなかったらしい。でも、「おかえり」って一番に言ってドアを開けてやりたいんだもんな。これは絶対譲れない。
「んー、まあうとうとしちゃってたけどな」
「小沼がさ、途中で消えちゃったから、送らなくていいことになって先に帰ってきたんだ。小沼の分の撮影は終わってたんだけど、そのあとで打ち合わせとか食事とかの予定があったみたいで、今夜は遅くなりそうだったんだけど」
「…どーしょーもねぇな、あいつは」
「仕事は一応終わってたし。まあ…付き合いもあるから途中で帰っちゃうのはダメなんだろうけどね。でも…」
「ん?」
「俺は、ちょっとよかったって思ってる。もちろん、付き合いも仕事のうちだってのもわかるんだけど…。でも、おかげで今夜は早く帰ってこれたし…」「…?」
「今日、休めないかっておまえに云われて。ダメだって言ったとき、おまえすごく残念そうな顔しただろ。…だからできるだけ早く帰ってこようと思ってたんだ」
そう言って照れくさそうに笑う忍が、すんげー可愛くて!!
きっとこいつ、今日が俺たちがはじめて会った記念日だなんて、思ってもないんだろうけど。
そんなこと覚えてて、ふたりで過ごしたいなんて思ってるのも俺だけなのかもしれないけど。
でも、記念日とかなんとか、そういうの関係なく、俺のためにと思ってくれて笑ってくれたら、それがすごく嬉しくて、本当に幸せだと思えるから。
おまえで正解、おまえでよかったって、何回も何十回でもそう思うんだ。
「二葉…?」
突然黙っちまった俺に、忍が心配そうな目で問いかけてきた。
すぐに笑って、アナタお風呂にする?それともご飯〜?と返す俺に、それ真剣に気持ち悪いんだけど…と新妻な俺に心底うんざりした振りで答えたあとで、
「…でもまあ元気ならいいんだ。さっ、ご飯、食べよう?」
と、先に行きかけた足を止めて振り返って、笑顔で言うおまえが、好き。
好きで好きで好きで…。
いつからこんなに好きになったんだろう。
いつから始まったんだろう。
自分の気持ちなのに、どんな言葉でだって言い表せなくて。
そんな気持ちを持て余してた昔の自分に、それでいい、間違ってない、がんばれ、って教えてやりたい。
あのときの気持ちにつける名前は今もわからないけど、ときどき足元が危うくなる感じがした。
優しくしたくてメチャクチャにしたくて振り向かせたくてもどかしくてせつなくて、立ってられない気がしたんだ。
子供だったんだなぁ…。
そういえば、忍とはじめて会った日、街で偶然耳にした歌の文句が今でも妙に心に残ってる。あのときは、バッカみてーとか思ったけど…。
今、忍の目がまっすぐ見られるような自分でいたいと願う。
忍に恥ずかしくない自分でいたいと願う。
ずっと一緒にいたいと、そう願って努力する。
俺の神様は忍かもしれない。
あの日、出会えてよかった。心からそう思うよ。
「二葉ー?」
なかなか部屋に来ない俺を呼ぶ声がして、俺は一歩を踏み出した。
忍は俺の神様で、あの日から俺が前に進むための確かな一歩なんだ。
終。
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そして――。
小沼からのプレゼントは早速その晩から大活躍だった。
『アナタのお気に召すまま券―10枚つづり』(←忍の認め印あり)
「いや〜キョウもたまにはいいもんくれるよなーっっ♪」(←「たまにはっ!?」by:桔梗)
「…そそそれ、この前、小沼が車の送迎券作るからって、ちょっとハンコ貸してー♪って
勝手に持ってって押してた奴…。ななんで、おまえがっ」
「おまえなー、簡単に人にハンコなんて貸したらダメだろーがっ!
回収先が俺だったからよかったようなものの、どっかのエロオヤジだったら
どうする気だ! ったく…。そーゆー危ない子はしっかり教育しねーとな、うん」
と、嬉々として忍に向かう俺は、もしかしたらエロオヤジより危なかった…かもしれない。 (笑)