11月10日
「はじめてだな」
「ん?」
風になびく髪を片手でおさえながら、一樹は小首をかしげ、ゆっくりと卓也を見た。
「お前が、海を見たいなんて言ったのは、初めてなんじゃないか?」
「…そうかもしれないね」
ふっと軽い笑みをこぼし、一樹は小さく呟いた。
碧い海を目の前に、一樹と卓也は二人並んで座っている。
足跡一つつない白い砂の上。
海にはサーファーの影すらない…
「冬の海は楽園…だな」
「ただ寒いだけじゃないか」
いったいどうしたたんだ?
卓也の瞳がそう一樹に話しかけている。
言葉にせずともそれだけで通じる。
一樹を見ていれば、なんとなく伝わってくるものがある。
どれだけ長い時間を一緒に過ごしてきたか。
プライベートに口は出さずとも、プライベートな空間にまで入り込んでしまってるほどに、お互いを知り尽くしてる関係。
親友?
兄弟?
いや、それよりも、もっと理解しあえる不思議な関係。
「ああ…そうか」
唐突に卓也は声をあげると同時に、肩に手をかけ一樹の身体を一気に引き寄せた。
そうしておいてから、そっと耳元で囁く。
「年下の恋人の代わりは勤まらないが…」
一樹の肩を抱く卓也の腕に力が入る。
「この冷たい風から、お前を守ることぐらいならできるぞ」
11月10日
今日は32回目の一樹の誕生日。
『すまない、一樹。どうしても仕事の都合がつかない』
1本の電話とともに、軽く開いた薔薇の花がローパーに届いたのは2日前。
今頃店ではその薔薇が、一樹を抱くよう大きく花びらを広げていることだろう。