投稿(妄想)小説の部屋

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No.502 (2003/07/19 23:20) 投稿者:花稀藍生

仁義なき戦い(仮) 前編

 花街。
 東国の誇る、天界最大の享楽の地。
 華やかな嬌声と美しい音曲、甘い脂粉の香りと美酒・媚薬を包み込んで眠らない街。
 しかし華やかな表通りから道一本はずれれば、しん、と静けさの奥になんともいえない懐かしさと風格をたたえた店が軒を連ねる通りに出る。控えめな明かり取りのついた門構えのその奥からは、名手と呼ばれる妓女が爪弾く美しい音色が微かにとどく。
 ひとときの快楽を求めるのならば表通りに。
 典雅なひとときを求めるのならば裏通りに。
 花街に暮らすものならば誰もが知っている。
 ・・・その、典雅な音色の流れる通りのその一角。玉鴻楼の二階座敷で、杯を空ける桂花の眉間には深い縦皺が刻まれていた。
「おい、いい加減に機嫌なおせよ。せっかくの宴会だってのに。隊員たちがなんかビビってんぞ。第一美人が台無しだろうが」
 隣から手をのばして眉間を指の腹でこする柢王の手を、そっと しかし断固たる力で引き剥がし、桂花は柢王を見た。
「腹がたたないのですか。貴方は。」
 刀身に照りかえる鋭い光のような怒りを秘めた紫瞳は、柢王ではなく、彼の背後、通りに向かって開け放たれたその向こうの、やわらかな光の点る二階座敷に向けられていた。
 彼らのいる玉鴻楼の通りを隔てたその前に店を構えるのは、竹鳳閣という非常に格式の高い門構えを持つ店である。当然のごとく、店に足を踏み入れる客の層も高い見識とそれにともなう地位が要求される。
 隊員たちを引き連れて花街に足を踏み入れた柢王たちは、この店の前の通りでばったりと彼の兄に出くわしたのだ。部下達を引き連れて竹鳳閣の門をくぐろうとしていた輝王は、彼らと彼らが入ろうとしていた玉鴻楼の門構えを一瞥し、「雅を解さぬお前には似合いの場所だ」と、その目にはっきりと嘲りを浮かべてそう言い放ったのだった。

 竹鳳閣に比べれば、玉鴻楼はたしかに格は下だ。しかし、美味な料理と酒、気さくな妓女をそろえ、客を楽しませるのはもちろん、自分達も楽しもうという趣旨を一貫させている。客が請えば、踊りや音楽を見せるが、逆に妓女達が客に踊りや演奏をねだったり、時には競演したり、と、店の者と客が共に楽しい空間を作り出す、というこの店を柢王がいたく気に入っているのだ。
 柢王は、開け放たれた障子窓のその向こうに目を凝らし、それぞれに座す人の影は映っているものの、動くのは妓女の影ばかりという、障子窓を締め切った二階座敷の様子を見て溜め息をついた。
「なんかだかなー。輝王のヤツ、あんなまじめくさった席で酒飲んでてたのしいんだか。酒の席で羽目はずせなくて部下はかわいそうだな」
「輝王の部下など、吾の知ったことではありません。柢王、貴方がやれというのなら、今からでもこっそり裏口から侵入して、酒に毒を仕込んできますが?」
「ばか。輝王なんかのために お前にそんなことさせられるか」
 再度桂花の眉間を撫でる。今度は桂花は払わなかった。しかし、瞳の奥の怒りはまだぬぐわれてはいない。その時、ふ、と風向きが変わったのか、竹鳳閣の二階座敷に流れる音色がこちらに届いた。桂花の瞳が一瞬ひそめられ、やがてその瞳にあった険しさがゆっくりと消えてゆくのを柢王は見た。
「中にいる客は最低ですが、・・・綺麗な音ですね。」
「竹鳳閣は花街の中でも特に音楽を売り物にしてるからな。 輝王がひいきにしている奏者達のほとんどはここ出身だぜ・・・ってそういや輝王のやつ、美的センスにもウルサいヤツだけど、音楽的センスにはもっとウルサいヤツだったっけ・・・」
 いつだったか、彼が文殊塾生だったおり、庭で気持ちよく龍笛を吹き鳴らしていたら、輝王がやってきて、技巧がどうだの情感のこめかたがどうだの等々、やたらうるさく文句を付けられた記憶がある。 それ以来、柢王は龍笛を吹いていない。
「・・・・・」
 柢王は座敷の中を見渡した。気さくな妓女達がすすめる美味な料理と酒に、部下の隊員たちは早くも酔っ払っている。
「・・・つかえるかもな」
「?」
 柢王は桂花の耳元に今さっき思いついた作戦を耳打ちした。
「・・・・・実に卑劣・・・というか、低レベルな作戦です。柢王」
 桂花が神妙な顔で答えた。
「賛同してくれてありがとうよ、桂花」
 にやっと柢王は笑うと、副官の耳元に顔を近づけ、さらに計画を練り始めた。

 数十分後。 再び、桂花の眉間には深い立皺が刻まれていた。
(み・耳栓が欲しい)
 ・・・座敷の中は、さながら すさまじい不協和音の洪水だった。
(作戦と言っても、これはいくらなんでも・・・・)
 柢王の指示で、玉鴻楼から借り出した 妓女達が普段練習用として使っている筝や玄琴のチューニングをビミョ〜に狂わせたものを、あとからあとから伸びてくる手に片っ端から渡してやりながら、桂花はため息をついた。出口ちかくの部屋の隅に避難させて手拍子と合いの手を入れさせている妓女達にはすでに耳栓を渡しているが、副官の自分が耳をふさいでしまったらこの場の収拾を誰がつけるというのだ。
 しかし、桂花は、柢王の作戦につい乗ってしまった自分に深く後悔していた。
 ・・・隊員の中には貴族出身の次男坊、三男坊も少なくない。貴族教育の一環として音楽の手ほどきを受けていない者はなく、隊員の中には楽器を持たせれば玄人はだしの腕前を持つものも少なくはなかった。柢王が水を向けてやると、最初は恥ずかしがっておそるおそる爪弾いていたものの、酒の勢いも手伝ってやがて陽気にかき鳴らすようになった。
 それを見て、じゃあ俺も! というものが続出しはじめたのだ。
 自分の席に戻り、柢王の背中をさり気に盾にし、双眼鏡を取り出した桂花は溜め息をついた。
 魔風窟育ちで音に関して特に敏感な桂花だけに、座敷中に渦巻く不協和音を聞き続けるにはかなりつらいものがあったのだ。


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