池谷先輩推進委員会、発足のひみつ。
「あれ? まだ誰かいる?」
そう聞こえた途端、生徒会室のドアが開いた。
「鍵を確認しに来たんだけど…もう遅いよ? 仕事、明日にまわせない?」
声の主は池谷副会長だった。
朝井会長が言うところの「うちの参謀」、池谷忍。「こいつがいなきゃ生徒会は一晩でつぶれる」らしいので、双谷学園高校生徒会にとって、なくてはならない存在。
確かに仕事は早い。が、朝井会長の存在感に押されがちで、いまひとつ印象はうすい。派手な顔立ちではないし体も細い。だから、会長が言うような“頼りがい”のある人物にはとうてい見えないのだが…。
「すみません! えっと、明日朝いちで会長に提出しないと…でも、持って帰ってやります! いま出ますから、鍵かけてください。」
結菜はそう言いながら机の上を片付け、慌てて席を立とうとした。
「まだ大丈夫だよ。わからない事でもあった?」
やんわりと肩に手をかけられる。結菜を席に押し戻しながら、池谷は集計プリントを覗き込んできた。
「うん…と。ああ、ここでしょ。俺も去年苦労したよ。」
彼の手が、何か書くものを探している。真美は自分が握っていたペンを差し出した。
「あ…ありがと。で、え〜と…」
注意点を書き込む池谷の手を、なんとはなしに見つめてしまう。
細くて長い指だった。色白で爪が整った、綺麗な形をしている。
(池谷先輩って、手が美人〜! 女顔負けじゃん。あ、でもやっぱり私のより大きいや)
ふと自分の手と見比べて、大きさの違いに気付く。
池谷が彼の先輩から“お花ちゃん”と呼ばれていたのは有名な話し。
性格も体格も“さも有りなん”といった風情の池谷に、結菜は異性を感じた事などなかった。
(私より、骨ばってるっていうか、筋っぽいっていうか………)
つらつらとそんな事を考えているうちに、今まで気にしたことのなかった事実に捕われる。
(オトコノヒト……なんだなぁ…)
何気なく心の中でつぶやいた些細なひとこと…の筈だった。
「ごめん。眼鏡外したままだから…」
よく見えないのだろう。真美の斜め後ろから書き込みをしていた池谷が、顔をプリントに近づけた。おのずと二人の顔も近づくこととなる。
息の届いてしまう距離……に池谷の顔があった。
あまりくどくない、優しく甘い香り…
それに酔いながら、顔のパーツを一つ一つ横目でチェックしてみる。
(…なんで今まで気付かなかったんだろ)
池谷は、整った顔立ちをしていた。
(どどどどどーか神様! お願いだから、池谷先輩が私のサル顔に気付きませんよーに!!)
池谷を“範疇内の男性”だと意識した途端、顔に血を上らせた真美の願いは、どうやら神に届いたようで……
「このまま提出すれば、朝井にもわかると思うよ」
何も気付いていない池谷が、顔を上げるやいなや。
「ありがとうございましたっ!」
怒鳴るに近い大声で感謝を告げ、真美は生徒会室を後にした。
(どきどきした! どきどきしたよ〜! なんか、なんか、池谷先輩って…ちょっといいかも〜!)
後日、池谷先輩推進委員会なる怪しい団体が結束され、二葉や一樹も巻き込んでの活動が始まるのだが。
能天気に鍵の確認なんかしちゃってる“池谷先輩”には、知る由もないことであった……。