ひとかけらの幸せ
「去年はぎりぎりだったけど、うまくいったよねー」
11月10日を約1ヵ月後に控えて、桔梗の部屋で開かれている「一樹の誕生日プレゼント作戦」会議の第一声がこれだった。
目の前に座っている二葉が憮然として「ぎりぎりだったか?」という目を桔梗に向けている。
去年の一樹への誕生日プレゼントのひとつとして、大切な恋人である忍が、演出として、一樹の腕に抱きこまれるというのを目の前にして、機嫌がいいはずはなかった。
「去年みたいな演出はナシな」
先制をしておいて、二葉はとなりに座っている忍の肩を引き寄せた。
「ええーっ。一樹だって喜んでたじゃん」
桔梗の反論にも二葉はたじろかず、厳しい視線で「NO!」を主張していた。
「写真あげたのに・・・」
ぼそっとつぶやいた桔梗の言葉に反応したのは忍のほうだった。
「・・・あんな写真いつとっていたんだかって思ったよ」
「えーー。ばっちり写ってていいじゃん」
二葉の「忍コレクション」に協力した桔梗の写真は、双谷の学生ではないと手に入らない、学内行事の写真ばかりで、その写真をひきかえに、忍が一樹にだきしめられるのを我慢した二葉だった。
「でもさ。ほんとのとこ、今年はどうする?」
桔梗が紅茶の入ったカップを口元に運びながら問い掛けた。
「そうだね。プレゼント、なにがいいかな」
忍も同じように紅茶を運びながら考えに耽ようとしたそのとき、となりから「ふっふっふ」とぶきみな笑いで二葉が自信ありげに瞳を輝かせていた。
「なに、二葉。いい案あるの?」
以前、二葉のアイディアで痛い目にあっている(正確には二葉と桔梗だけが大変だった)ので、忍も桔梗も、用心するようになっていた。
「大丈夫だって。今年は」
「・・・二葉、いつだって大丈夫っていうじゃん」
「まあ。毎年のことだけど。今年も『お金をかけたもの』は一樹のオーラに引き寄せられた奴らにまかせておいて、俺たちは俺たちらしいものでプレゼントしたい、だろ?」
「うーん。前半部分にはコメントできないけど、俺たちらしいものをあげたいのは同感」
忍が用心深く返事をすると、二葉は待ってました! とばかりに、指をパチンとならす。
「そーだろ? んで、実際になにをプレゼントするのかというと・・・・」
卓也が扉の外で聞き耳を立てているわけでもないのに、自然と顔を寄せ合い小声になる3人だった。
「じゃあ、それは俺が用意するね」
「OK。手配は俺がやる」
「ラッピングとか細かいのはまかせてねー」
忍は、必要なものをとりに自宅へ一度もどり、二葉と桔梗はそれぞれ準備のため桔梗宅をでて、なじみの街へとくりだしていった。
「お、だいぶ進んだな」
店の片付けが終わって、あとは帰るだけとなった卓也が、カウンターに座っている一樹に声をかけた。
「まあね。あと少しで終わるよ」
そういうと、ほっそりとした指でつかんだ欠片を目の前に少しずつできあがっていく絵にはめこんでいく。
「わざわざ、宅急便で自宅にこれが届いたときにはなにかと思ったよ」
苦笑しながら一樹が、あちこちに指をうごかして欠片がぴったりと収まるところを探している。
「ふっ」と卓也も小さく笑った。
「お前宛ての宅急便の伝票がリビングのテーブルの上にあったときには、俺もなにかと思ったさ」
「そーだよね。だいたい、二葉なんて同じ家に住んでるのにね。どうせなら、忍がもってきてくれたらそのまま部屋から帰さないのに」
くすくす笑いながら、いい具合に収まった欠片を指の先でかるくはじいて、一樹は両手をぐっとのばして大きく伸びをした。
「もうちょっとやってくから、先に帰って」
そういって、一樹はジグソーパズルを指差した。
桔梗、二葉、忍の連名で数日前に宅急便で届けられたこのパズルには「誕生日までにやってね」とメモがついているだけだった。
「拍子抜けしてるか?」
毎年なにかをしでかしている三人組のプレゼントにしては地味なところが正直、卓也も一樹も気になっていた。
「卓也、なにも聞いてない?」
「今年はな」
「そう。じゃあ。明日のお楽しみ、なのかな。」
「そうかもな」
「じゃあ。おやすみ。卓也」
「ああ。明日寝坊するなよ」
そういうと、眠気覚ましのコーヒーを一樹に差し出して、卓也は帰っていった。
「それにしても。今年は意外と普通なプレゼントだったな」
小さな含み笑いで一樹は、ピースをひとつ指にとってじっくりと眺め、あるべき場所をさがしてはめ込んでいく。
はじめ、宅急便で届いた箱を開けたときには、「何の」ジグソーパズルかはわからなかった。
徐々に本来の姿を取り戻していくピースたちが、一樹にゆっくりと想い出をたどらせる、ひとつの「絵」になっていく。
「ああ。あのときの・・・」
想い出が見つかったら、あとは自分の記憶をたどってピースをはめ込んでいく作業へと変わり作業のスピードは飛躍的にアップした。
忍が「用意する」といったのは、一樹、卓也、桔梗、忍、二葉で香港に行ったときのホテルの部屋で記念に撮った写真だった。
「みんなで、撮ろうよっ」
言い出した桔梗がカメラ監督となって、バランスを考えたり「卓也はここっ」と配置にもじっくりと時間をかけて(途中で二葉の我慢がきれそうになって、忍があわてて止めていたり)撮った珠玉の一枚だった。
その写真を、大きく引き伸ばして、ジグソーパズルに作り直してもらう手配を二葉がとって、今年のプレゼントができあがっていた。
「あれ?」
カウンターの下を覗き込んだり、箱を持ち上げたりして、一樹が首を傾げる。
「ピースが足りない?」
箱の中にあった想い出の欠片はすべて、目の前のおさめられている。
それでも、一樹の目の前にある「思い出」は完璧ではなかった。
「家で落としたかな」
しばらくローパーを探したが結局ピースをみつけることができず、一樹は自宅に戻ることにした。
そして。
誕生日当日の朝を迎えた。
昨晩自室へ戻ってきてから、くまなく部屋をさがしてみたが結局ピースは見つからず、寝不足のまま朝を迎えた一樹の部屋に、突然クラッカーが鳴り響いた。
「おっはよーーー。一樹っ」
ぼすんっという音を背負って桔梗が、一樹の寝ているベッドに飛び込んできた。
「おはよう。桔梗。もうすこしやさしくおこしてくれるといいんだけど」
そんなことをいいながら、ゆっくりと起き上がると入り口に忍と二葉がたっていて、二人の手の中にははじけたクラッカーが数個握られている。
「おはよう。忍、二葉」
「一樹さん、おはようございます」
「いいかげんに起きろよ。もうずいぶん陽は高いぜ」
ぼすんぼすん胸の上で飛ぶ桔梗をなんとか離して、一樹はけだるそうな仕草で前髪をかきあげた。
「お前たちのプレゼントのパズル。ピースが足りなくて探していたら、寝不足でね」
ちょっと恨みがましそうな声をだしてはいるが、目は優しく笑っている。
「じゃじゃっーんっ♪」
がばっと起き上がって、一樹の上にまたがって桔梗が大きく両手を
広げた。
「ママたちが下でパーティの準備してるけど、先にプレゼントね」
そういって桔梗は、自分の胸のポケットから白い封筒を取り出して一樹に渡した。
「バースデーカード?」
いいながら、一樹は妙にごそごそしている封筒をきれいに開封した。
「続きやって。続きっ」
桔梗は、一樹のベッドから飛び降りると部屋にあった、ジグソーパズルをもってきて、次にまだベッドの中に体を半分埋めている一樹の腕を強引に引っ張る。
「はいはい」
桔梗から渡された封筒の中には、ジグソーパズルのピースがいくつか入っていた。
桔梗のピースを埋め込んでいくと、ちょうど写真の桔梗の部分がしっかりと浮かび上がってくるようになっていた。
「もしかして。あとの二人も、プレゼントくれるの?」
昨晩ピースが見つからなかったことから、こんなことじゃないかと
予想していた一樹ではあった。
「お誕生日おめでとうございます。一樹さん」
「もしかして、バレバレ?」
照れ笑いの二葉の封筒を受け取って、一樹は小さくウインクを返した。
「写真をとったとき、俺もいたからね。お前たちのピースがないって気がついたのは昨日だけど。気がついたらなんとなくね」
二人の封筒から、桔梗と同じように二人の写真のピースがでてきた。
ゆっくりとそれをはめ込んでいくと、ようやくジグソーパズルは完全にひとつになった。
一樹がちょうどパズルを完成させたその瞬間、またもやクラッカーがパンッパンッとはじけて、にぎやかな音と一緒にカラフルな中味が降り注がれる。
「お誕生日おめでとうっー」
3人のお祝いに、一樹が華やかな微笑で応えた。
「で。これで終わりだと思う??」
わくわくした瞳で桔梗が、一樹の背中に飛びつく。
「なに、なにかあるの?」
しがみついてくる桔梗の腕を剥がして、一樹は忍を振り返った。
「パズルの裏。上手にひっくりかえしてみてください」
忍のいったとおりに、完成したばかりのパズルを一樹は裏返しにした。
「なにか、模様かなって思ったけど。気がつかなかった」
瞳を細めて、パズルの裏を見つめながら一樹がつぶやいた。
パズルの裏には、桔梗と忍と二葉の3人からのお祝いのメッセージが書かれていて、ピースをつなぎあわせて、完成して初めて読めるようになっていた。
「今年のプレゼントはさ、ありきたりなんだけど。実はすっごい意味をこめたんだぜ」
二葉が自信満々で手を腰に当てて胸をそらす。
「一樹の人生に「俺たち」って欠片は絶対「必要不可欠」なんだよって意味をこめたんだ〜」
桔梗が、また一樹の首に飛びついて甘えるように言った。
「また。こうしてみんなでひとつの想い出を作れたらいいなって」
忍の言葉に、一樹が小さく微笑んだ。
「なんかねー。このプレゼントにしたときさ、俺すっごくうれしかったんだよ。一樹っ」
がしがしとしがみついてアピールする桔梗に、一樹も笑みをこぼした。
「なんかさ。なんかさ。俺たちのだれかひとりでも欠けちゃだめなんだって。そう思ったらすごくうれしかったっ」
「そうだね」
「だからね。一樹がもし、どこか一人になりたいなーって思ってどっかいっちゃっても。俺たちは一樹の「欠片」なんだからね。どこにいたって、一樹の「一部」だと思ってね」
階下で「そろそろ降りていらっしゃいっ」という声が聞えて、一樹は着替えのために3人をさきに行かせた。
机の上で、幸せの光景を放っているジグソーパズルをもう一度見つ
めて一樹がつぶやいた。
「自分の顔をみて言うのもなんだけど・・・。幸せ、そうだよな」
そしてまた、ふわりと優しく微笑んだ。
後日桔梗と忍が選んできたフレームに、きれいにおさめられたパズルは、一樹の部屋にしっかりと飾られた。
一度だけ、そのホテルの部屋を用意してくれた本人に見せると、
「いい写真だな」とだけつぶやき、自分にだけしか見せないやさしい瞳で、じっとパズルを見つめていた。
「実はそれ。しかけがあるんだけどね」
いたずらっぽく微笑んだ一樹の顔を「しかけ」という言葉に彼は驚
いた表情で見つめていたけれど、何も言わない一樹に「ふっ」と笑って、またパズルへと視線をもどした。
ひとつひとつの欠片にこめられた、たくさんの幸せへのみちしるべ。
・・・・パズルの裏にある、メッセージは、一樹だけの秘密・・・・