誕生日
「どういうつもりだ?」
卓也の問いかけに答えることもせず、一樹は手の中のグラスを口元へ運んだ。
「車で成田に向かうんじゃなかったのか?」
そんな問いにも、車のキーを置くだけの答えを返す一樹に、卓也はため息を一つ零し、カウンター内から出ようとしていた。
「…卓也、もう一杯」
突然の一樹の声に、今度は卓也から無言の答えが、グラスに注がれたミネラルワーターとなって返ってくる。
昨日…
『早いけど、みんなから一樹さんへの誕生日プレゼントです』
当日じゃ間に合わないから、と忍から手渡された白い封筒には、香港行きのチケットが1枚。
『やっぱ、誕生日は恋人と一緒じゃなきゃ、なっ、アニキ」
忍の肩を抱きながら二葉が言う。
『ねぇ、ねぇ、俺んときはホテルの宿泊券ちょうだいね』
卓也の体に纏わりつきながら桔梗が言う。
『…一樹さん』
それ以上の言葉が出ないでいる忍は、この計画に最後まで迷いを持っていた一人。
そう、一樹の性格をよく知る卓也と共に。
『ありがとう』
その一言と、極上の笑みを返して、一樹はチケットを胸ポケットへと滑らせた。
「忍の手前…」
一樹はそこで言葉をとめた。
何を言ったところで、胸ポケットのチケットが消えてなくなるわけではないから…
たまには自分から、年下の恋人に逢いに行ってやるのもいいと思ったから…
なによりも。
みんなの気持ちが嬉しいのは本当のことだから。
「年に一度の誕生日ぐらい、素直になるんだな」
「そうだね、卓也。…桔梗のときは、たっぷりと休暇をやるから、南の孤島にでも行ってくるといいよ」
「あのなぁ」
「で、送ってくれるよね? 卓也」
卓也との無言の応酬は、意地っ張りな一樹の精一杯の感謝の現れ。
誕生日まであと少し。
一樹がおとなしく恋人の胸に抱かれるとは思えないが、幸せな時間を過ごすことは間違いないだろう。