やすらぎ
賑やかな雑踏を一歩横道に入れば、コツコツと乾いた靴音だけが響く路地。
俺は1人でローパーに向かって歩を進めていた。
店はもう閉まっている。
それなのに…
二葉と離れて1ヶ月、彼は仕事で居ないだけなのに、こんなにも不安な気持ちに襲われるなんて。
そんな思いにとらわれたとき、俺は必ず一樹さんの元へと歩を進めてしまう。
二葉が嫌がるのを承知の上で。
「ずるいよな、俺って…」
そんな俺の思いを何も聞かずに読み取ってしまう一樹さんは、俺以上にずるいのかもしれない…
わかっているなら、突き放してくれればいいのに。
でも、突き放されたら俺は…
「やっぱり一番ずるいのは、俺…かな」
独り言を言いながら、居るであろう部屋のドアをノックする。
出迎えてくれたのは、いつもとかわらない一樹さんの柔らかな笑み。
この人の、この笑みに不安だった気持ちが少し和らぐ。
「いらっしゃい。忍」
「…すいません、こんな時間に」
いつ来てもかわらない彼の笑みに迎えられ、部屋の奥へと進む。
「おいで、忍」
自然と身体が動く。
横になった一樹さんの隣へと…
二葉とは違うフレグランス。
でも、二葉と血の繋がったこの人に俺は安らぎを求めている。
「一人寝が寂しい?」
「……」
「俺もね、一人寝が寂しかったところなんだ」
一樹さん特有のリラックスのさせかた。
俺だけが悪いんじゃない、そんな気持ちにさせてくれるこの人の言葉に自然と心が柔らかくなる。
「同じ気持ちの者同士、今夜は一緒に寝ようか? …ただし、二葉には内緒ね」
一樹さんはそう言って、右手のひとさし指を俺の唇にあてた。
「でも……身体に手をまわすくらいなら、許してくれるかな?」
掠れた声とともに背中にまわされた一樹さんの手。
その手はまるで子供を寝かしつけるかのように、軽く俺の背を叩いていた。