FLY HIGH
「ほら、何でも好きなもの言ってみろ。作ってやるから」
そう言って健さんはきれいに磨かれたシェーカーを棚から出してくる。
「じゃ…昼間だしビールにする」
なんせ相手が健さんだし、俺は様子を見ながら無難に答えてみた。
「なんだよシン、遠慮せず思い切っていけよ」
健さんは俺の話なんで聞かず、透明の液体が入ったボトルを取り出してみせる。
訝しげに「何? それ」と首を傾げて見せると「さぁ〜何だろね」とニヤリとされてしまう。
その酒は銅製のカップに勢いよく注がれ、ライムソーダと氷で割られ目の前に翳された。
興味津々で顔を近づけるとカップの数センチ上から、むせるようなきついアルコールの匂いがする。
「健さん…これ、ちゃんと分量合ってる? すごいキツそうだよ?」
俺は心の中でうぅっと唸りながらも、気づかれないように平然とした顔をする。
「大丈夫。ただのモスコミュールだって」
健さんはそんな呑気な返事をしながら笑顔を崩さず、セーラムのタバコを吹かしはじめた。
何か言い返したいのだが、言えば言っただけアルコールを足されそうな気がしたので、ぐっとこらえて口をつけてみる。
思ったほどでもなくて喉も渇いていたせいか、さわやかな喉ごしにぐいぐい飲み干してしまった。
「イケるじゃねぇかシン。おかわりは?」
「…うん…じゃぁもう一杯もらっちゃおうかな…」
それがいつのときも深酒をしてしまうきっかけだと、いつも後で気がつくのだけれど既に酔いが回り始めたいい気分の頭には、そんなこと思い浮かぶはずもなくて…。
「さて次は本格的にいくとするかな」
目を細めた健さんは中国の文字なのか、俺には全く読めないラベルのついた茶褐色のビンを手に取った。
もう聞いてもそれが何か答えてくれなくて「飲んでからのお楽しみ」とか言って背を向けたまま。
そのうち鼻歌まで口ずさんでいつになく機嫌がいい。
しらふならつぶす気だとすぐ分かるだろうに、ふわふわした俺の頭はそんなことなど気に留めない。
「ぐいっとイケよ」ニッコリ微笑まれて今まで飲んでいた酒より少しくせのあるその液体は明らかにきつい香りが鼻を刺している。
じっと見ているといつのまにか背後に回り込んでいた健さんがやんわりと持っていたグラスの手を上から握りこんで口に近づけさせてくる。
頭の隅っこで警鐘が鳴った。
「け、健さん、先飲んでみて」
慌ててグラスの軌道を顔のすぐ側にあった健さんの口元に持っていった。
「何だよ、怖いのか?」
意地悪そうな口元で健さんは「しょうがねぇな」と笑って俺のこめかみの辺りでくいっと一口嚥下して見せた。
むせることもなく、たいしたこともなさそうに「うまいぜ」と俺にグラスを指し向ける。
まるで、水を飲むようにした健さんを前に俺は覚悟を決め、両手で背後から挟まれ二人羽織り状態でこくりと飲んでみた。
わぁ〜ぁんと頭の中でぼやけた音がくるくる渦を巻いて響き渡る。
「け、け、け、け、健さんっ、これ、何?!」
「さぁてね」
腰に手をやった相手は「じゃぁそろそろつまみながらビールでもいくか」と、軽い調子で冷してあった生イカのカルパッチョを出す。
そしてこの後、美味しいつまみとビールを水のように飲んだ自分がどうなったかというと酒が強すぎてどうやっても眠れなくなってしまったのだ。
妙にテンションがあがったノリで、何をしたのかもうはっきり覚えていられなかったが楽しく、向かい側に座る健さんも楽しそうに笑ってくれていたから、とっても嬉しかった。
どうやって帰り着いたのかも記憶は飛んでいたが、家に着いても浮かれた気分は冷めなかった。
もう向かい酒でもしてやろうかという気分になってくるほどで…。
クスリで飛ぶって表現を聞いた事があるけれど、ひょっとしたらこんな気分なのかな〜?
なんて物騒ながらも呑気なにそんなことを思ったりもして…。
…まさか…ね…
部屋に帰った俺は、足元で甘えてくるミルクに餌を与えながら、睡眠不足でこれからくるであろう恐怖のしわ寄せにおびえながら、冷蔵庫に残っていた赤ワインまでちょっぴり舐めた。
それでもやっぱり気分はとても楽しくて、テーブルに突っ伏したまま眠気に襲われた俺はきっといい夢が見られるだろうと気持ちいい安心感の中、ゆっくりと意識を手放してみる。
『おやすみ、健さん…』
遠くでミルクがミャーと小さく返事をした気がした。