投稿(妄想)小説の部屋

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No.462 (2002/07/15 00:54)投稿者:じたん

Last umbrella gave me happiness 続・My Sweet cafe

「・・・やっぱりささないわけにはいかないか・・・」
 休日の買い物帰りのラッシュにはまだ少し早い、夕刻の駅の出口で、空から降りる雫に小さくため息をつきながら、絹一は天を仰ぎ見た。
 どんよりと薄黒い雲の形は、本格的な夏を思わせる力強いもので。
 まだ梅雨開け宣言も出ていないのに・・・と思ったところで、カレンダー通りにはいかない季節の移り変わりに今更のように気付く。
 何でも型にはめ込んでしまわないと気が済まない。
 こんなところまで潔癖でなくてもいいのに・・・と、自分でさえ苦笑してしまう。

 せっかく傘を買ったのだし、濡れるのもばかばかしいから・・・と自分にいいわけをしながら、絹一は一人で入るにはちょうどいい大きさのビニール傘を広げた。
 20を過ぎた男が持つには少し恥ずかしいような、ポップで明るいカラーとデザインのもの。
 それでも先ほど見た小学生がさしていたような黄色一色の傘ではないのだけが救いである。
 透明なビニールに、買った店のロゴが、黄色というよりはオレンジに近いような色でプリントされた傘。
 想像していたよりも紅茶が美味しかったその Cafe で・・・残っていた最後の一本。
 他に色はないのかと、パンジーを思わせる華やかなケーキを運んできた店員にひとりの客が尋ねていた。
 女性がさしていたら可愛らしいんじゃないかな・・・などと、アイスのロイヤルミルクティーを飲みながら浮かんだ、少しばかりのお節介な感情。
 けれどその客は最後の傘を買わずに店を出た。
「・・・だからってわけじゃないけど」
 窓の外では雨が降っていたのに。
「・・・他の店で買うのは面倒だったし」
 駅構内のコンビ二なら、たくさんのビニール傘を売っているはずだけれど。
 それでも自分が席を立つまで結局残ったままだったその傘が、絹一は気になってしまっていた。

 駅を出たときよりも雨足が速くなったように感じながら、絹一はマンションまでの道のりを急いだ。
 脇に抱えた書類は最近、雨が続いていたこともあって、半透明なファイルケースに入れることにしていた。
 仕事に必要なもの以外は、最低限・・・財布とかハンカチとか・・・のものしか持たずに、自宅と仕事場を往復するだけの毎日だった自分。
 ほんの数年前までそうだったなんて、なんだか信じられない。
 ・・・今も、ほんの少し重なる部分はあるけれど。
「・・・入れてくれ」
「わ!? ・・・・鷲尾さん?」
「助かったぜ」
 突然、なんの前触れもなく傘の中に飛び込んできた人物に、絹一は心臓が止まってしまうのではないかと思うほどびっくりしてしまう。
 それでも当人はそんなことにはおかまいなしで、大きな手で髪に付いた水滴を一振りしてから、絹一から傘を取り上げると、彼には脇に抱えていたファイルケースを胸に抱くようにさせてから自分が持っていた荷物を傘の取っ手のところに引っ掛けた。
 ・・・・・水もしたたるイイ男、とは、彼のためにあるような言葉である・・・とまぁ、それはさておき。
 いくらなんでも男ふたりが入るには小さすぎる傘なので、鷲尾は自分が絹一の後ろに重なるようにして歩き出始めた。
「今日も仕事だったのか?」
「ええ。今手がけている企画の最終チェックをしてしまいたかったので」
「そうか。でも珍しいな。お前がこんなに早く帰ってくるなんざ」
「今朝、早出してね。ずっと終電帰りだったから、今日はせめてフレックスで時間きっちりに帰ってくれ・・・って」
「ギルに追い出されたってワケか」
 ええ・・・と絹一が少し顔を赤くする前に、相変わらず心配性な男だな、と鷲尾は小さく苦笑した。
「ずいぶんと可愛い傘だな。女にでももらったか?」
「違いますよ」
「自分で買ったのか?」
「・・・それしかなかったんです」
「いいじゃねぇか。別に。雨しのぐためのモンだろ。傘なんてのは」
 からかわれるかと思っていたのに。
 相変わらず自分の背中に半分重なるようにして歩いている鷲尾の口から出た言葉は、意外に真面目なものだった。
 それにこんな日は明るい色が目に付いたほうが、なんとなく気分がいいんじゃねぇか? とも鷲尾は言った。
 こんなふうにいつも自分の期待を裏切らないでいてくれる鷲尾に、絹一の心があたたかくなる。
「鷲尾さんこそ、傘はどうしたんです?買い物に出る時にはもう、雨は降っていたでしょう?」
「ああ。・・・ったく。人が買い物してる間に、どっかのガキが持っていきやがったようだ」
「・・・え」
「店には傘が山積みで売ってるんだぜ?」
「なにか特別な傘だったんですか? 鷲尾さんの傘」
「いや。なんでだ?」
「だって、持って行かれるなんて・・・珍しい傘なのかな、と」
「そいつがただ傘持ってなかっただけだろ」
「・・・そうですか」
 一瞬、途切れる会話。
 こんなに近くにいるのに・・・近くにいればいるほど。
 言葉だけで繋がっているわけではないはずだと、頭ではわかっているのに。
 不安になる。心配になる。どうしていいか・・・わからなくなる。
 その感覚は小学生の頃、授業の過程でペアを作るために、生徒にそれぞれ自分のパートナーを選ばせる時の不安にも似ていた。
 特別な友人を置かない代わりに、これといって嫌われるような要素も持ちえていなかったあの頃の自分。
 それでも、最後に自分は残ってしまうのではないか・・・と、ドキドキしていた。
 その時の・・・ふいに足元を攫われてしまう感覚を思い出し、傘の取っ手を握る目の前の鷲尾の大きな手に縋り付きそうになった時。
 今度は明らかにからかいを含んだ鷲尾の楽しそうな声が降って来た。
「Cafeって書いてあるってことは、この傘はやっぱり‘非売品グッツ’ってヤツか?」
 この間の、ポテト・アップルケーキの店のか? と、鷲尾はとても楽しそうだ。
「・・・違います」
 たったその一言だけで。
 絹一は目の前の雨が、急にやんでしまったように感じる・・・。
 最後まで残ってしまっていた傘。
 その傘の中に、なんのためらいもなく飛び込んできた鷲尾。
 そして今は彼の大きな手の中に握られた傘。
 自分の元から両親が離れて行き、そして自分からも離れていくことを自然と覚えてしまった幼い頃の自分。
 こんなに大きくなってから学ぶなんて・・・遅すぎるのかもしれないけれど。
 自分から手を伸ばすことを教えてくれた・・・伸ばすことを許してくれた鷲尾に。
 今日はちゃんと‘一緒に居たい’と伝えよう。
 いつもの言い訳代わりのケーキは手元にないけれど・・・
「・・・残り物には福がある」
「なんだ?」
 珍しく自分の呟きが聞き取れなかったらしい鷲尾が、不思議そうに聞いてくる。
 そのことに心の中でこっそり感謝しながら、絹一は優しく微笑んだ。
「なんでもありません」
「・・・そうだ。お前、この後俺の部屋に来るだろう?ちょうどいい。荷物預かってるから」
「荷物?」
「ああ。宅急便」
「・・・なんだろ?」
「今日は七夕だからな。笹と短冊じゃねーか?」
「まさか」
 わざと真面目な表情で言った鷲尾に、絹一が小さく吹き出す。

 最後に残ってしまうのではないか・・と不安に思っていた、幼い頃の自分。
 自分はまだこの傘のようにはなれないけれど。
 七夕の夜に・・・短冊に願いを託すことはできないけれど。
 自分の事を選んでくれた鷲尾に、どうかこの傘が自分に与えてくれたような幸せな気持ちを。
 少しでも多く、返せますように。
 いつまでもこうして、傍にいられますように。
 ずっとずっと。
 選んでもらえる自分であり続けられますように・・・・・


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