月明かりの夜に・・
仕事を終えた絹一が鷲尾の部屋に訪れたのは、月明かりを照明代わりにビールを三缶あけてしまっていた鷲尾が、二杯目のロックグラスをテーブルに置き、そろそろ寝ようとしてソファから立ち上がったところだった。今夜は遅くなるから部屋へは来られないと、昨夜鷲尾の腕のなかでまどろみながら呟いていた彼の言葉をよく覚えている。これくらいの量では酔うこともできないが、今夜はそばに感じ慣れたぬくもりがないことをあらかじめ知っていたので、このままではどんどん膨らんでくるある感情を、潔く眠りでごまかしてしまおうと思っていたのだ。明日は絹一も自分も仕事は入っていない。休日前夜、部屋には一人・・のはずだった。それなのに・・。
鷲尾が寝室へ向かおうとしていたのだとすぐに気づいた絹一は、
「・・っ、すみません。こんな遅くに・・。おやすみなさいっ」
そうつぶやくと、疲れて灰色にかすんでしまった瞳を床に落とし、あわてて鷲尾に背を向けて出て行こうとした。そんな絹一の態度をそのまま鷲尾が受け入れるはずもなく、ドアノブに伸ばした絹一の手が空を掴んだその瞬間、細くしなやかな身体は体温の上昇した逞しい腕にしっかりと捕らわれていた。
「・・迷惑では・・・・なかったですか・・?」
せっかくのオフなのにと、いつも自分に特別な時間を割いてくれているのにという言葉は、でも口にはできずに飲み込んで、どこか躊躇いがちにそうつぶやくと、いっそうぎゅっと抱きしめられてしまった。それだけで鷲尾の気持ちが理解できた絹一は、いまはもうしっとりと潤んでいる瞳をゆっくりと閉じ、優しく微笑んでくれる熱い身体を自分からも抱きしめた。
衣擦れの音がうす暗いリビングに響く。月明かりが照らし出す二人の姿は、やがて一つに重なり、深夜の静寂のなかに囁くように交わされる吐息は、ときに激しく、そして優しく、ゆっくりと・・闇にとけていった。