春楡(ハルニレ)の樹に睡み… 〔一〕
さらさらと、窓から洩れ入る光の音色が聴こえてきそうな、そんな静かな昼下がり。
窓辺の陽だまりに緩やかな眠気を誘われて、桂花はうつ伏せていた顔を上げる。
日陰になる室内は、どこか薄暗い。
今、傍に柢王はいない。
人間界を警護する任に、ちょうど東の武将達が就いているのだ。
この時だけは、魔族である桂花が彼と共に行くことは決して叶わない。
桂花は、柢王がいつ帰ってくるのかは訊かなかった。訊けば、きっと暦を数えてしまう
だろうから。
独り、待つのは嫌だった。
柢王がいない時はいつも、天主塔に住まう守天のもとで過ごすのは今回も同様で。
まわり中が天界人ばかりのなかで、好奇や侮蔑の視線に晒され続けることも、今ではもう、
さして気を煩わせずにいられるようになった。
とはいえ、精神の糸は常にぴんと張り詰めて、安らぐことはない。
そこで桂花は、少し時間が空いたときを見計らって、こうして東端にある自分達の
根城に戻ってきているのだった。
ここに帰るだけで、ほっと胸に安心が広がる。
魔族には普通、定まった“家”を持つ習慣がない。何物にも捉われず、自由気ままで
いたいからだ。桂花も、ずっとそうして生きてきた。
けれど今では、柢王とふたりで暮らすこの場所だけが、唯一、自分の帰るところだと
そう決めている。
トサ…ッと白い敷布の上に倒れ込んで息をつくと、一気に胸の内が、深い安堵の海に
開放され漂いはじめてゆく。こんなとき、普段冷静なつもりでも、どこかで常に緊張を
強いている自分を感じてしまうのだった。
(……柢王…)
どこまでも甘やかしてくれるあの腕が、今、欲しくて仕方ない。
心を許して、全身で寄りかかれる安心の心地好さをはじめて教えてくれた…。
(他にはもう…なにも要らないから……)
頬を埋めた敷布の上に、その温もりを探して紫微色の指が彷徨う。
けれど…。
(…いない…いない…いない……)
今、あの男はいない。
仕方なく、ひとつ溜め息をついて、伏せた目蓋が開かれる。
身体は疲労に重く沈みそうでも、気が冴えたままでは眠れなくて。
さらさらと、どこかで心地好い音色が響いている。
気だるげに紫水晶の視線を廻らすと、薄布の揺れる窓から幾筋かの光が零れていた。
その向こうには、ゆったりと枝を広げた春楡(ハルニレ)の樹―――
見つけて…。
かすかに桂花が微笑う。
(…あの人の、昼寝の特等席だったな)
小屋の裏手の小さな小さな丘の上に悠々とそびえ立ち、蒼穹に向かって大きく大きく
枝葉を伸ばしている春楡は、桂花もとても気に入っていて。
空を覆うように繁るその樹の根もとに寝そべると、身体のまわりを優しい風が渡って
いくのを感じられて、なぜだろう、桂花はすごく安心できるのだった。
遥かな風に包まれて、春楡の樹のもとに、そっと紫微色の身体を横たえた…。