桜の下、ひと時の別れ
満開に咲いた桜の木の下、小沼と二葉が作ったお弁当を広げて、ローパーのメンバーで花見。
みんなが揃う日なんて、最近では珍しいことなんだ。
今日は、特別な意味もあっての花見なんだけど…。
「みんなでお花見するのも今年で最後なんだね」
「…小沼?」
「だって、忍と二葉はアメリカ行っちゃうんでしょう?」
「だからって、最後なわけじゃ…」
「でも…でも…うぇ」
今にも泣き出しそうな小沼に卓也さんの手がすっとのびてきて、その頭を軽くぽんと叩いた。
それがまるで合図だったかのように、卓也さんの胸に抱きつく小沼。
やれやれ、相変わらずなんだから。でも、そんな自分に素直な小沼が羨ましいよ。
「どうしたの? 忍」
絶妙なタイミングで一樹さんが声をかけてくる。きっと、俺が今どんな思いで小沼をみていたか気づいているんだろうな。
「やっぱり…俺と離れるのは寂しい?」
そっと耳元で囁かれる。
一樹さんの香り、甘い薔薇の香り、この香りとも暫くはサヨナラ…なんだ。
言葉は少ないけど、スキンシップが大好きで、俺も最初は戸惑ったけど、俺自身を否定することなく受け入れてくれて、今まで導いてくれた、俺の憧れの人。
「桔梗のように、俺に抱きついてもいいよ」
その言葉とともに、俺を簡単に腕の中に抱き込んだ一樹さん。でも、そんなことしたら…
「一樹っ!!」
ほらね。だけどそんなことは承知の上、とでも言うように冷たい視線を二葉におくっている。
「なに?」
「忍を離せよ」
「いいじゃない。暫く逢えなくなるんだし…」
でも、一樹さんの俺を抱く手が急に離れて二葉にのびる。
「もしかして…おまえもこうして欲しいの?」
「んなわけねーだろう!!離せよ、気持ち悪いな…」
そう言いながらも二葉は一樹さんのされるがままになっている。兄弟っていいな。
「あ〜、ずるい。俺も俺も!!」
キャンキャンした声とともに、今まで卓也さんの胸で泣いていたはずの小沼が飛び込んできた。
その反動で一樹さんは二葉と俺の下敷き…。
「キョウ、おまえ重いぞ」
「あ〜、二葉、ひど〜い」
二葉、おまえより一樹さんのが重たい思いしてるんだよ。でさ、おまえに乗っかられている俺もキツイんだよ。って言ってやりたい…。
「もてもてだな。一樹」
「卓也もくる?」
いつものメンバー、いつもと変わらないみんなの笑顔。
でも、それも今日で終わる。明日、俺達はアメリカに行くから、次にみんなの笑顔に逢えるのはいつになるんだろう…。
誰にも干渉されることなく二葉と生活したい。そう言い出したのは俺。
ここにいたって誰も俺達に干渉なんてしないけど、気がつくとまわりの人に頼っている俺。
そんな自分にケジメをつけたくてアメリカ行きを二葉に話したんだ。
二葉はすぐにOKしてくれたよ。それが二葉の望みで、俺とアメリカ行きを心待ちにしていてくれたのも二葉だったから。
やっと決心して、みんなにもそれを伝えて。なのに今になって気持ちが揺れている…。
俺は一樹さんから離れて桜を仰ぎ見た。
「忍、花は今年で終わるわけじゃないでしょ。次も綺麗な姿を見てもらうために少しだけサヨナラするんだよ。俺の言いたいこと、わかるね?」
「…一樹さん、わかります。でも、俺…」
涙が零れそうになった。すぐに自信がなくなってしまう俺。
だから、アメリカで少し強くなって帰ってこようとおもったのに。
言葉も通じない、みんなの笑顔もない、そんな遠い国で俺はきっと、二葉に負担をかけるにきまってる。
そう思ったら、もう…。
「深く考えすぎるのは、忍の悪い癖だよ。どこかの誰かさん達より慎重でいいけど、ときと場合にもよるんじゃないかな…ね」
「一樹!! 忍を慰めるのは俺だぜ。いいとこ持っていくなよな」
「俺の大事な忍が不安げな顔しているのに、放っておけと?」
「一樹、その辺にしておけ」
卓也さんの手が一樹さんの肩に置かれた。そして、入れ替わるように小沼が俺に抱きついてきて…
「寂しいのは、みんな一緒なんだよ。それにね、心配だってしてるんだから」
真剣な目、小沼でもこんな顔するんだ。でも頷ける言葉だよね。
「一緒…」
そうだよね。寂しのも不安なのもみんな一緒、俺だけじゃない。
「俺がついてるだろ!!」
「二葉だけじゃなくて、俺達だって心は忍のそばにいるよ」
「おまえも、たまにはいいこと言うんだな」
「卓也ってば、惚れ直した?」
「ああ、ああ、惚れ直したよ」
「もっと真剣に言ってよね」
また、いつもの騒ぎにかわったその場に、俺も自然と笑みが零れた。
どこにいても、何をしていても、その姿が見えなくても、声が聞けなくても…俺達はいつも一緒。
不安なときは、小沼のように二葉に甘えればいい。
時には一樹さんのように、二葉を甘えさせてあげてるんだ。
そして卓也さんのように、クールで強く…なれるかな?
これは、永遠のサヨナラじゃない。
『来年の桜も、みんなと一緒に見るんだ』
俺は心の中で呟いてみんなの輪の中に入っていった。