投稿(妄想)小説の部屋

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No.410 (2002/02/03 14:52) 投稿者:芙蓉

相談(2)

「絹一さん。すこしいいですか?」
 一樹さんが声を掛けたそのひとは、ほんとにすごくきれいな人だった。
 少し長めの髪の毛は、まっすぐでさらさらだし、細い身体も貧相なかんじはしない。
 どことなく、悠のおにいさんのアキさんに似てるかな…
 そう思いながら、一樹さんにほら、と促がされた俺は自己紹介をした。

「はじめまして。え…と、池谷忍です。その…」
「忍くんはアメリカの大学に留学したいと思ってるんですが、いろいろ心配があるみたいなんですよ。絹一さんなら頼りになるかな、と思ってね。相談にのってやってくれませんか?」
「いいですが… 俺も大学は国内ですよ? それよりはあなたのほうが詳しいんじゃないですか?」
「でも絹一さんは今の海外をよくご存知でしょ。俺がアメリカにいたのはもう随分まえですから。留学っていうよりは、海外の空気みたいなのにおびえてるって言うか…不安らしいんです。お願いします。そのかわり今日はおごりますから。」

 にっこりわらった一樹さんは、そういうと卓也さんに何か耳打ちして去っていった。
 どうやらカクテルを頼んだらしく、卓也さんがきれいな桜色のカクテルをつくって、絹一さんの前に置いた。そしておれにはカンパリを。酒でも飲んで、気分を軽くしたらどうだ? とでもいうように、飲め、と合図される。
 一口飲んだ俺は、同じく桜色のカクテルを一口飲んだ、絹一さんに向き直った。

「ああ、遅くなっちゃったけど、はじめまして。穐谷絹一です。」
 自己紹介をしながら絹一は、少し戸惑っていた。
 高校生となんて話すのは本当に久し振りなのだ。
 いつもは自分より年上だったり、せめて同い年くらいの人としか話さない絹一にとって、初めてといってもいいくらいの話し相手だ。
 ひそかにどうすればいいんだろう…と悩みながら、それでも自分より緊張している少年に話し掛ける。

「忍君…だったよね。そうよべばいいのかな?」
 とりあえずは一樹の口調を真似て聞くと、あ、はい、と返事がかえってくる。
「俺は実は留学したことないから、あまり役に立たないかもしれないけど…」
「いえ、そんな… あの、一樹さんがすごく語学に堪能なひとだって、言ってたんですけど、そうなんですか?」
「まあ、5ヶ国語くらい話せるかな。」
 言ってから、いつもの、あからさまな羨望の目を向けられてしまうのかと焦ったが、しかたない。
 だが、返ってきたのは憧れ、というか、純粋な尊敬のまなざしだった。

「いいですね。いつか俺もそんな風になりたいです。でも、やっと英語を話せるか、話せないかってぐらいで…」
「それだってすごいことだよ。俺だってはじめはそうだったんだから。」
 初めての反応に驚いて、そして嬉しくなった絹一だった。
 誰かの目標になれることがこんなに嬉しいなんて。
 少し気恥ずかしくもあるけれど、なんだか自分に誇りを持てた気がする。
 出来るだけ力になってあげたい、そう思わせてくれたこの少年の。
 そう思った絹一はかばんから持ち歩いていた英字新聞を取り出した。

「読んでみて。ゆっくりでもいいから。」
 言ってから、ここじゃあ、暗いから無理だと言うことに気づく。
すると、カウンターの中のバーテンが「忍、VIPルーム使っていいぞ。」と言ってきた。
 どうやらこの少年は、一樹だけでなく卓也のお気に入りでもあるらしい。
 俺のお気に入りにもしちゃおうかな…などと、絹一にしては珍しいことを考えながら、初めてVIPルームに入る。

 絹一が、生まれて初めての自分よりも幼い友達と付き合うようになった、最初の夜は、その記事について英語で意見交換をするという、いきなり高度な授業で始まった。
 すこし言葉に詰まりながらも一生懸命頑張る姿がかわいくて。
 鷲尾さんが自分をみるときもこんな気持ちなのかな、と楽しく思考をふくらませながら、忍に心の中で礼を言う。
 ありがとう、俺の心に余裕を生んでくれて。
 そして、声に出してこう言った。
「俺でよければいつでも相談にのるよ。大して力にはなれないかもしれないけど、応援してあげたいんだ。なにか会ったらいつでも電話かメールしておいで。」
「ありがとうございます。あの、これ俺の番号とアドレスです。なんか少し、自分に自信が持てました。またいつかディベートしてください。」
「うん、じゃ、なにかテーマを探しておくよ。英語の勉強にも時事の勉強にもなるから、英字新聞は読んでおきなね。」
「はい。ほんとにありがとうございました。」

 二葉や一樹は自分に甘いことを知っている忍は、第三者に自分を客観的に評価して貰えて嬉しかった。
 今は優しいけれど、ディベート中はほんとに厳しくて、でも自分の力になるとわかっていたから、楽しかった。
 相談と言うよりは授業だな。
 苦笑しながら、でも二葉には妬かれるかも、と気づく。
 どうやって話すのが一番いいかな。
 店に入ってきたときとは全然ちがう笑顔を一樹や卓也にむけて別れを言って、忍は帰宅の路についた。


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