投稿(妄想)小説の部屋

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No.403 (2002/01/14 21:29) 投稿者:桐加由貴

午睡

 矢のごとく飛んできたアシュレイは、天主塔の執務室の窓に分厚い幕布が引かれているのを見て、眉根を寄せつつバルコニーに降り立った。
 扉の取っ手に手をかけるが、いつものように開きはしない。
 山のような書類に追われて始終執務室に詰めている守護主天が、部屋の中にいるのなら、この扉に鍵を掛けるような真似はしない。
 珍しく南の城にいたアシュレイの元に、先ほど柢王からの使い羽が届いた。内容はただひと言。『ティアが倒れた』と。
 用があれば直接来るのが柢王だった。その彼の、らしくないやり方に、悪い想像ばかりしてしまい、そんな自分を振り切るように全速力でここまで駆けて来たのだ。
 そして、鍵が掛かっているバルコニー。昼間から引かれた厚い幕布。
 いつもと違うことだらけで、アシュレイは背筋がざわざわとするのを感じる。そして再び矢のように、今度は天主塔の正門に向かった。

 ばたん! と、部屋ごと震えるような音を立てて守護主天の私室の扉を開けたアシュレイの眼に映ったのは、天蓋つきの寝台のふちから垂れ下がった幕布だった。
 一瞬体を強張らせ、アシュレイは恐る恐る寝台に近づく。大きく息を吸い込み、幕布をかき分けた彼の目の前で、幼馴染は羽根布団に埋もれてじっと眼を閉じていた。
「・・・ティア?」
 小さな声で呼ぶと、月光色の睫毛が震えて、ティアランディアが眼を開ける。
「・・・アシュレイ。来て、くれたのか」
 それだけのことを言うのもつらそうな様子だった。
「おまえが倒れたって聞いて・・・」
「知らせたのは柢王か?」
 ティアはうっすらと笑った。
「ちょっとした過労だそうだ。たいしたことはないから」
 笑う幼馴染は、いつもの白皙の美貌がさらに白い。眼差しも声も、儚いほどに頼りなかった。
 額に手を当ててみると、やはり熱が高い。
「いっつも夜中まで仕事なんざしてっからこういうことになるんだ」
 アシュレイは怒ったように言った。
「うん。心配かけてごめん。みっともないところを見せたな・・・」
 ティアが笑って見せるその顔が、アシュレイには無理をしているように見えてしょうがない。そんな顔を見たくはなかったし、みっともない、なんてことを思わせてしまったことも悪いな、と思った。
「なんか・・・俺にしてほしいこととか、あるか?」
 眼を瞠ったティアが、ややして熱に潤んだ瞳を輝かせる。
「――一緒に寝てくれる? アシュレイ」
 アシュレイは上着とブーツを脱いで、無言でティアの隣に滑り込んだ。抵抗を予想していたティアは、肩透かしをくらった気分だった。泣き落としの準備もしていたのに。
「今日は優しいね、アシュレイ」
「おまえが病人だからな」
「だったら、ずっと病気でいようかな・・・」
 幼い頃のように、二人で並んで横たわり、囁き声で会話を交わす。ティアはアシュレイの胸元に、猫のようにすりよった。アシュレイがティアの体に腕を回す。
「くっついてて、暑くねーか?」
「大丈夫。アシュレイの匂いだ。気持ちいいよ・・・」
うっとりと眼を閉じたティアの髪を、アシュレイは赤面しつつ軽く撫でた。
「・・・アシュレイ」
「なんだ? ティア」
「来てくれて、ありがとう・・・」
 最後は消え入るような声だった。 
「・・・たまにはな」
 いっつもは無理だけど、と言った怒ったような声は聞かないふりで、ティアは額をアシュレイの胸に押し付ける。眠気が押し寄せて来た。
 寝入ってしまったティアを腕の中に抱え、アシュレイもいつしか眠ってしまっていた。


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