投稿(妄想)小説の部屋

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No.399 (2002/01/10 00:38) 投稿者:Shoko

不思議の国のナイトアウト(後編)

 忍が連れて行かれたのはとても大きな木の下に用意されたテーブルでした。
 そこにはもうすでにお茶の用意がしてあります。
 湯気のたった温かいお茶に、側にはクッキーやマフィンやケーキの乗ったお皿がおいてあります。

「さぁ、座って」

 一樹さんは忍に椅子をすすめ、その隣に座りました。
 ゆっくりと忍はお茶を飲みます。
 温かいお茶が喉を通って、強ばっていた身体を解きほぐしてくれるようでした。
 だんだんと高ぶっていた気持ちが落ち着いてきます。

「二葉…一樹さんに呼び出されたって…言ってました」
「ん? あぁ、桔梗(ハートの女王仕様)と卓也(ハートのキング仕様)がいないから、店を少し頼もうと思ってね。俺も、慧嫻(スペードのキング仕様)と明日から出かけるし」

 だから二葉を呼んだらしいのですが、一樹さんは忍をじっとみつめ、頬にそっと手をかけます。

「一樹さん…??」
「ごめんね。涙のあとがくっきりと残っちゃって…。忍を泣かせるために二葉をこっちに呼んだんじゃないんだけどな」

 一樹さんはそういって、忍の顔を両手で優しく包み込んでいます。
 と、そこへ。

「忍っ!!!!」

 二葉がやってきました。
 物凄い剣幕で一樹さんのもとへとやってきますが、途中で香港系トランプの兵隊に阻まれてしまいます。

「二葉、忍を泣かせるなんて、一体どういうつもりだ?」
「どーいうつもりも、一樹が時間に遅れるなって言ったんだろっ?!」

 二葉はトランプの兵隊が作る垣根の向こうから叫びます。

「…たしかに俺は時間に遅れるなと言ったけどね…」

 一樹さんは忍を引き寄せ、自分の膝の上に座らせてしまいます。

「忍を泣かせてまで時間通りに来いなんて言った覚えはないよ。可哀想に、こんなに泣いて…」

 ゆっくりと忍の頭を胸に抱き寄せるとそれはそれは優しく優しく髪を撫で、ぎゅっ、と抱き締めました。

「あ、あの、一樹さん…っっ」

 忍の頬は真っ赤に染まっていますが、二葉の目は嫉妬の炎でメラメラと燃えていました。

「俺の忍に手ェ出すなって!!! 一樹には慧嫻がいるだろーがっ!!」
「俺が泣いてる忍をほったらかしにできると思ってるの? こんな忍を見たら慰めない訳にはいかないじゃないか」

 ね、と一樹さんは忍に向かって見とれるほどの綺麗な顔で笑ってくれます。
 その笑顔に返す言葉もない忍でした。

「慰めるのは俺がやるから、一樹はさっさと慧嫻のところへ行けって!」
「お前のせいで忍がこんなに泣いてるっていうのに…」
「元はといえば、一樹が『時間通りに来なかったら、忍も連れて行っちゃうよ』って言ったからだろーーっ!!」

 二葉のその剣幕に、一樹さんはやれやれと一つため息をつくと、忍に向かって言いました。

「もう少し二葉が来るのが遅かったら、一緒に連れて行けたのにな。残念」

 一樹さんは忍を立たせると、二葉の方へ向かって体を軽く押し出しました。

「二葉、忍は俺のお気に入りなんだから、泣かせるなよ。今度泣かせたら本当に一緒に連れていくぞ」

 それと店を頼む、と言って一樹さんはいつの間にか迎えに来ていた慧嫻(スペードのキング仕様)とともに姿を消しました。

「ったく……。……忍…、一樹にヘンなことされなかったか?」
「ヘンなことってなに? 一緒にお茶を飲んでただけだよ。俺のこと疑うの?」

 さっき呼んだ時に立ち止まってくれなかったこともあって、忍は少し、語尾がきつくなっていました。
 けれど、どうしても止まりませんでした。

「疑ってるわけじゃないけど…」
「けど、なに? 元はといえば、俺の声聞こえてたくせに、立ち止まってくれなかった二葉が悪いんじゃないか」
「それは、一樹におまえを連れて行かれたくなかったから…」

 どうも分が悪いのは二葉のようです。
 忍はプイッと二葉に背を向けてしまいます。このままだとまた泣いてしまいそうな気がしたからです。
 そんな忍の体を二葉の腕がゆったりと優しく抱き締めます。

「悪かった。俺が悪かったよ。だから機嫌なおせよ、なっ?」
「……………」
「忍〜〜」

 すりすりと、肩に頭をすり寄せてくる二葉が妙に愛しくなり、忍の顔は知らずに微笑んでいました。

「…もう、俺の声、無視したりしない??」
「絶対、しない。お前置いてくなんて、二度としない。約束する」
「もしまた二葉が一樹さんとの約束を破って俺のこと一緒に連れてくって言ったら…?」
「連れてなんか、絶対に行かせない! もう絶対に離れたりなんかしねーからなっ!!」

 身体の前に回されていた二葉の手にそっと自分の手を重ねると、少しだけ顔を二葉に向けて囁きました。

「約束だよ……?」
「あぁ、約束な」

 二葉の唇がそう呟き、忍を抱き締める腕に力がはいります。
 自然と忍も二葉を抱き返していました。
 ムードは絶好調に高まり、二人の視線が少し絡まって、二葉が忍に顔を近付け いざっ!! というまさにその時!
 がっくりと、忍の身体からは力が抜け、忍の目蓋はだんだんと閉じられていったのです。

「おい…、忍…? 忍っ、忍っっ!!」

 二葉の呼ぶ声は聞こえているのですが、どうにも眠くて忍は目蓋を開けられません。
 だんだんと二葉の声が遠ざかって行きます。

(どうしたんだろ……、すごく眠いや……)

 肩が揺さぶられて、忍が目を覚ました時に一番に飛び込んできたのは二葉の心配そうな顔でした。

「大丈夫か、忍」
「…二葉…」
「呼んでも全然、目を覚まさないから焦ったぜ〜。気分、悪いのか?」
「ううん、大丈夫」
「こんなとこでうたた寝なんかすんなよ、なんかあったらどーすんだ」

 二葉の言葉に素直に謝ると、忍は辺りを見回しました。
 そこは見なれた新宿御苑の木の下です。
 じゃあ今まで見ていたのは夢だったのだろうか、とふと思いました。
 自然と二葉の頭頂部に目がいきます。

「…………なにやってんだ、忍……」

 忍は二葉の金色の髪の中に指を潜り込ませてわしゃわしゃとかき混ぜています。

「ないなぁ。やっぱり夢だったのかなぁ…」
「ないってなにが」
「耳。生えてないなぁと思って」

忍の言葉に熱でもあるんじゃないか、と額をゴツンとくっつけてきた二葉でした。
 間近に迫った二葉の顔をみながら、忍は微笑んで言いました。

「きっと夢だったんだ。二葉がウサギで一樹さんが王子様の夢」
「なんで、一樹が王子様なんだよ」

 お前の王子様は順当にいけば俺だろー? と拗ねたような声を出す二葉が可愛くて忍はくすくす笑い声が止まりません。

「ウサギでも、二葉はかっこよかったよ、とっても」
「あたり前だろ」

 行こうぜ、と二葉に手をとられて、忍は立ち上がりました。
 立ち上がった忍の膝からひらりと舞い落ちたのは……。
 トランプのハートのJ。

 暑い夏の昼下がりに太陽が見せた不思議なお話でした。


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