投稿(妄想)小説の部屋

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No.389 (2001/10/15 06:45) 投稿者:桜草

proof of live

 分刻みのスケジュールを終え、社長の劉王華から一人の男に戻った今、自室で疲れた身体をソファーに投げ出し天井を見つめる。思い浮かぶ姿はただ一人、日本にいる年上の男のこと…これから10時間だけ、睡眠のためだけのオフに入ろうとしている午前2:00、今夜も眠りの精は訪れてくれそうにない。

「ボス、よろしいでしょうか。」
 扉の向こうから呼ぶ声の主は永泉、慧嫻直属の秘書であり、彼のもう一つの顔を知る唯一の男。
 そして、慧嫻にとっての年上の男の存在を永泉は知ってる。それは……
 永泉は慧嫻のため彼をここ香港に呼び寄せたいと思っていた。それが永泉にできるただ一つの決して言葉にしてはならない「愛」という思いの証。

「ボス、お客様をお連れしたのですが…」
「今日のスケジュールは全てこなした。違うか、永泉」
「ですが…」
「何かミスでも?」
「いいえ。」
「ならば、予定にない者とは逢わない。」

 永泉は許可がなければ入ることのできない部屋の扉に手を置く。だが、その手の上に手を重ね、『もう、いいから』と視線を向けた客人はゆっくりと扉を開け中へ入って行った。
「…一樹さん」
 永泉はそう呟くと静かに部屋の前から去っていった。

「永泉!! 何故、許可なく入った…」
 慧嫻はソファーに身体を預けたまま静かな怒りをぶつけてくる。
「予定にない者とは逢わない。同じこ…」
「ひどいな。」
 慧嫻の声に客人の声が重なる。その声に弾かれたように扉の方へ視線を移す慧嫻、唇は何かを言おうとしてるのに声がでない。まるで狙いを定められた草食動物のように身動きができない。

「俺のそばに来てくれないの?」
 客人はわざと挑発するような言葉を投げつける…
「…一樹」
「やっと名前を呼んでくれたね。でも、それでおしまい?」
 必死の思いで声にした愛しい男の名、それでもまだ一樹は冷たい口調で言い続ける…
「愛しい男が日本から逢いに来たのに。」
 一樹は慧嫻の動揺する様を見て楽しんでるかのように見えた。でも、本当は…自分自身の思いを押さえることで精一杯。
 そう、この恋は追わせる恋と決めたのだから…せめて余裕のある今だけは…
(逢いたかった)と心の中では何度も叫ぶ。

『君は俺のものだ。』
 一番望んでいた言葉を与えてくれた慧嫻。その束縛にも似た言葉を、こんなにも暖かく、優しく、心地よいものだと感じたことはなかった。
 はじめて愛した城堂を失って以来、愛することの意味を忘れてしまっていたからだろうか。
 冷めた気持ちの中でしか恋愛はしなくなっていた。
 身体を重ねるだけ、ただそれだけ…
 そう、城堂との思いでの中に本当の自分は閉じこめたのだから。

 ソファーに腰を下ろした一樹の胸にすぐさま慧嫻が顔を埋めてくる。まるで主人の帰りを待ちわびていた大型犬のように…
「慧嫻…重いぞ…」
「一樹、君の香だ…俺だけの…」
『おまえは?』と強い視線を向けられ、一樹は無言のまま瞼を閉じた。
 主人の帰りを待ちわびてた大型犬は一瞬にして獲物を捕らえた肉食動物に豹変する。それが慧嫻という男…
 一樹を現実の世界に引き戻した男…
 その男の腕の中、甘い吐息の渦に身を投じる。

(生きてる者への想いが、こんなにも暖かいものだなんてこと忘れてたな。ねぇ、城堂さん、あなたの言った通りだった。)
『だから、一人は寒いぞ。と言ったろう…一樹』

 そんな思いも吐息の渦に混ぜ込んで、一樹は慧嫻との時を刻む。
 生きてる証を求めて…


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