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今日、オレ芹沢慎吾は仕事中、頭がふらっとしたと思ったら目の前が真っ白になって気付いたらホテルの医務室のベッドに寝かされていた。医師は、日頃の疲れやストレスによるものだとの見解だけど多分オレの身体の管理不足だ。こんなのどうってことないっていったのに、貴奨は帰るようオレに薦め、オレの上司にもすでに話をつけてきていた。
あいつは今日昼からのシフトだったのに、倒れたオレの知らせを聞いて早めに駆けつけてくれた・・・ようだった。
「慎吾、今日は帰れ。」
「なっ」
いきなり耳元に、あるはずの無い声で囁かれ、もちろん態勢など整えていないオレは、ベッドから飛びあがった瞬間、その勢いで・・・眩暈がした。
「そんなふらついた身体ででても他の者に迷惑がかかる。ましてやお客様に失礼なことがあればどうするんだ。」
「ちょ、なんでお前がこんな時間にいんだよ。」
「少し早めに出勤したら、こうだ。お前は今日一日休むことだ。阿栗さんにも報告してある。」
そういいきった奴の顔は、物を言わせない凄みがあった。
貴奨は当然のこと制服をまだ来てはいない。ロングコートを羽織ったままの出で立ちだった。
「慎吾、これを着てゆけ」
帰りぎわ、貴奨がもたせてくれた黒のロングコート。羽織るとあいつのトワレが漂う。
そして、あいつは仕事の顔になって出ていった。
背中にすこし湿っぽい暖かさを感じながら、オレもホテルを出る。
貴奨、ゴメン・・・・そして、アリガトウ・・・・。
駐車場に差し掛かったとき
「よぉ、シン」
あの人が、微笑んでいた。
「まぁた、倒れちまったのか?」
あの目が消えちゃうような笑顔で、あの人がオレのバイクに身体を預けていた。
「どうしてここに・・・仕事じゃなかったの?」
彼は今頃、江端さんに得意先の社長の紹介を受けるため会社に出ているはずだった。
それもそのはず、彼はきちんと背広を来ていた。襟首は、無造作に外されていたけれど。
「けっ、さぼりだよ。江端の奴、あんなしけたジジイに会わせようとしやがって。」
そういって彼はオレをじっと見る。
「だから、お前んち行って待ってよーと思ったらよ、貴奨さんがいたんだ。」
貴奨は家の鍵を何度か変えていたけれど、貴奨に内緒でその度に彼に合鍵を渡していたんだ。
貴奨と健さん・・・・怖すぎる。
「まっ、オニーチャンの珍しいとこ、見られて面白かったぜ」
一層彼は、輝きを増して微笑んでくれた。
健さんがもたせてくれた手袋を彼の背中に回す。
彼は、速く、だけど振動を最小限に抑えた運転をしてくれている。
彼の背中のぬくもりがもっと欲しくて思わず腕に力をこめてしまった。
健さんは、黙って前を向いている。
もう大人になって社会にも仕事にも慣れたと思っても、
まだこんなにも甘えてしまう自分がいる。
こんなにも、オレはふたりに支えられている。
オレはいつの日か、同じくらいあの人たちに返せるときが来るのだろうか。
いまだけだから
いまだけだから
どことなく吹きぬける風に負けたくなくて
前からも後ろからも自分を暖めてくれるぬくもりを
もっと、ずっと感じたくて
オレは目を閉じて「今」を願った。