続・戯言/桜色への導き
絹一さんがローパーへ来たのは、鷲尾さんのクライアントとして過ごした日から数日たった頃…だったかな。
「いらっしゃい、絹一さん…お一人ですか?」
俺と目を合わせないかのように店内に視線をさ迷わせている彼…
「鷲尾さんと待ち合わせ…ですか?なら…」
「いいえ。」
抑揚のない声で答えると、彼はそのままカウンターに腰を下ろした。
彼が座ると同時に出された桜色のカクテル。それを卓也のほうへ戻し
「すいません。バーボンをいただけませんか…」
おや!? という表情の卓也は俺と鷲尾さんのことを知らない。卓也は『何したんだ』とでも言いたげな視線を俺に移したけど、わざわざ説明する必要もないしね。
俺は、絹一さんをVIPルームへ誘った。言い訳するつもりはないけど…彼がここへ来た理由もなんとなく察しがつくから。
そして、何よりも繊細な彼をこのままにしておくのも気が引けたから…
2杯目の琥珀色の液体がはいったグラスを彼に差し出すと俺はカウンター内に座り煙草に火をつけた。自分も彼と同じものを片手に…
「…俺にはね、愛してる人がいるんだ。その人はもういないけど、愛してるという言葉は過去形にしたくなくてね…」
「…その方は…」
「死んだよ…」
「すいません。余計なことを…」
気にしないで、と言うように俺はゆっくり首を横にふる…
「でも、そのことと…」
「ん!?」
今度は、何でもない、と言うように彼が首をふった。
「…鷲尾さんに契約を求めたこと…かな。」
あの日俺は…
そう、ちょっとした嫉妬心からホストとしての鷲尾さんを誘った。いつもより強めにトワレをつけてね。俺自身の気持ちの切り替えのためもあったけど…
きっと、シャワーでその残り香を消す前に彼が帰って来てしまったんだろうな。
ここに彼が来たのは、その残り香の所為…
「…君に謝るつもりも、いい訳するつもりもないよ。冷たい言い方かも……」
「ええ、ビジネスですから。」
彼は俺の言葉を遮りそう言った。
「絹一…さん!?」
「鷲尾さんも、あなたと同じことを言いました。」
「…そして、今と同じように答えたの!?」
「はい……」
彼は俯いてしまった。それが『ビジネス』と口にはだしたものの、心の中では正反対に嫉妬で狂いそうな自分に対しての叱咤であることを伝えているかのようにね
「自分の気持ちも、相手の気持ちも同時に受け入れるのは難しいことなんじゃないのかな。俺の愛してる人がね癌だとわかった時、どうしても手術を受けて欲しくて、でも彼はなかなOKしてくれないから必死で俺の想いを伝えたよ、言葉・態度…心・身体、俺のできること全てでね」
絹一さん、あなたも俺と同じように全てを彼にぶつけてきたんじゃないかな…そんな思いで俺は彼を見つめた。
彼は俯いた。そうです…との返事の代わりであるかのように。それでも、何故と言いた気な視線を俺に返してくる…
「精神的に追いこまれて…かな。」
「…俺も、鷲尾さんとの出会いはそうでした。仕事のストレスを引きずって…」
それでもまだ彼の視線は俺から離れない。
俺は苦笑しながら答えた。
『新しい恋に一歩を踏み出せずにいる自分をもてあましている』と……
その答えに不安気な瞳をむけた彼にそっと言う
『相手は鷲尾さんじゃないから』と……
飲みなれない琥珀色の液体の所為なのか。
残り香に煽られた自分を思い出した所為なのか。
頬を紅く染めたまま彼は3杯目のグラスに手をのばした。俺はそのグラスをとりあげて
「次はいつものカクテルでいいですよね。」
と差し出す。今度は素直に受け取り、桜色の液体の揺れるグラスを両手で包み込む。
「何も考えずに大切なものだけの側で生きられたらいいのにね…」
俺はそう言いながら自分のグラスを絹一さんのグラスにぶつける。
彼がやわらかな笑みで小さく頷いた。
一言『ええ』とそえて…