Poison flower
イエローパープルは日付が変わるとまた違う顔を見せ始める。
前の支配人がバーテンも兼ねていたこともありバーとして酒を静かに飲みに来る客もいるのだ。
店内が静かになった頃に顔を出す者もいる。鷲尾香もその1人だ。
「チェリーブロッサムを・・・」
1人カウンター席に座る鷲尾に近づいてくる気配があった。
「・・・らしくないですね。いつもは飲まないくせに」
「たまにはカクテルもいいだろう? それにしても今日は客少ないな」
「ええ、12時まで常連しか入れなかったから」
また気配がしたので顔を向けると上品に着こなしたスーツ姿の男と黒のドレスを着た美女が立っていた。
鷲尾はそっと女性に目を向けて『男だな』と判断した。男にしては細いし、そこらの女より美人だが、仕事がら女と男の区別は見ただけでわかる。
「一樹、帰るから着替えさせてくれ」
「そのままで帰られてもかまいませんよ貴奨さん? 後日、慎吾くんが持ってきてくれればいいしね。」
今まで俺は一樹に微笑まれて逆らえた奴を見たことがなかったが、目の前で見ることになったようだ。
「ウチにはクレンジングはないし、慎吾を1人で来させる気もない!」
「ブラコン・・・・・・」
一樹は小さくイヤミを言ったが、すぐに“慎吾”をつれて2階へと消えて行った。残された男は俺の一つ隣へ座った。
「・・・嗜好変えか? それとも前から」
「・・・弟だ!(どいつもこいつも〜)」
「なんで弟くんが女装なんかしてるんだ? まっ、似合ってたけどな・・・」
いままで寡黙だったバーテンが貴奨にグラスを出しながら話に加わってきた。いつのなら一言しか話さないのだが今日は違うようだ。
「男も女もキレイどころは一樹に捕まりましたよ。それ以外の客は楽しんでましたけどね」
「・・・絹一を連れて来てたら間違えなく一樹の獲物になったな」
「慎吾と一緒に来いなんて日にちまで指定してくるからもっと疑うべきだった!」
どうやらこれまでも三者三様の被害があるようだ。
3人の間に静かな時間が生まれた。カウンターを見る者は目を奪われる。タイプの違うイイ男が店にざわめきを生んだのだが当人たちは気づかなかった。卓也はグラスを磨きながら『桔梗の飯が食いて〜な』と思い、貴奨はペパーミントを使ったカクテルを飲んで『チョコミントのうまい店はなかなか見つからない』と思い、鷲尾は桜の花をイメージしたカクテルを飲んで出張中の誰かを思い出している。などとは誰にもわからないほど3人は無口無表情だった。
「貴奨〜!」
沈黙を破ったのは20歳くらいの青年だった。服装はどこにでもいそうな感じだが雰囲気が違う。
絹一より大人だろうな・・・とつい思ってしまい笑いをごまかすために青年に声をかけた。
「へ〜こっちの方がかわいいな。」
「帰るぞ慎吾!!」
「ちょっと貴奨? 待ってってば〜」
2人が帰って行く音が遠ざかるのを聞きながら仮装大会の理由をバーテンに尋ねた。バーテンはため息をつき簡単に説明を始めた。
『刺激がないわ。なにか楽しいことないかしら・・・』
常連客のエマの一言が始まりだということ。
一樹が恋人と幸せそうな弟をからかいたいことで実行に移されたこと。
気配などなかったのにべったりと背中に一樹がよりかっかって来たので話は中断された。
「今日はずいぶんとおしゃべりだね卓也」
にっこり微笑まれてバーテンは口を閉ざした。
「鷲尾さん、よけいなことばかり聞いてると・・・なにするかわかりませんよ?」
美貌の支配人は俺の耳元でもう一言やさしく囁た『それともして欲しいんですか?』と。
☆ ☆ ☆
卓也は黙った目の前のことは見えないふりをして。
鷲尾に言えなかったもう一つの理由、仕事に追われて電話と送り物しか寄越さない年下の男にキレてしまっていることを。