投稿(妄想)小説の部屋

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No.363 (2001/09/06 11:10) 投稿者:Shoko

世界の童話:ヘンゼルとグレーテル(後編)

「だぁぁっっ! 歩いても歩いても木しかねぇぞっ!」
「あたり前だろう、森の中なんだから」
「獣一匹いねぇじゃねーかっ!」
 家を出てからどのくらい歩いたのでしょう。かなり森の奥深くまできたことは確かでした。
 太陽の光すら一筋も入ってきません。
「…疲れた…。ひと休みしようぜ、俺たちがいくらサバイバル体質っていっても限度があらぁ」
 健さんは手ごろな石を見つけ、座り込んでしまいました。
 江端さんは無言で背負ってきたリュックの中から水を差し出します。
「あるもんと言やぁ、水だけか…」
 ごくごくと水を飲みます。水ではいくら飲んでもお腹はいっぱいにならないのです。

「…なんか、食いもんの匂い、しねーか…?」
 健さんは突然そんな事を言い出しました。
「そうか? あまりにも腹が減り過ぎて幻臭がしてるんじゃないか?」
 江端さんにはその匂いはわからないようです。
「いやっ! これは食いもんの匂いだ!」
 健さんは、立ち上がって匂いのもとを辿って歩き出しました。
 おそるべし、ケモノの鼻です。
「待て、健! やみくもに歩くな!! …ったくっ!」
 江端さんが止めるのも聞かずに、健さんはどんどん森の奥へと足を進めます。
「待て!」
 江端さんがやっと追い付いて、健さんの肩を掴みます。
 ここは森の最深部なのです。どんな獣が腹を減らして待ち伏せているかもわかりません。
 狼が集団で襲ってきたら、いくら江端さんと健さんでもひとたまりもないのです。
 そして、江端さんはそんな目に健さんを合わせるわけにもいきません。
 そんな江端さんの心を知ってか知らずか、健さんは肩を掴んでいた江端さんの手を乱暴に振払います。
「うるせぇ! 俺は今モーレツに腹が減ってるんだよ!! 邪魔すんじゃねぇっ!!」
 そして再び匂いを辿って歩き始めました。
 どのくらい歩いたのでしょうか、目の前がいきなり開けて、空き地が広がっています。
 そこには、なんと一軒の家が立っていたのです。

 健さんと江端さんは気配を殺し、家に近付きます。
何がいるかもわからないのです。もしかしたら山賊の類いかも知れません。
 相手がどんな種類の人間なのか解るまで気配は殺しておくに限るのです。
 家に近付いていくにつれて、その異様というか風変わりな様子が解ります。
「おい…。この壁、骨付きカルビじゃねーか…?」
「健、屋根はロースだぞ」
「この地面に散らばってんの、タン塩じゃねーかっ!」
 そう、その家は食べ物でできていたのです。
「江端っ! 火、起こせ、火!! これ焼いて食おうぜっ!!」
 健さんは屋根のロースと壁のカルビを剥がしにかかっています。
 止めても無駄と言うことを知っている江端さんは辺りに散らばっている薪を集めて火を起こしました。
 辺り一面に肉の焼けるいい匂いがします。
 肉が焼けて、さて一口、と大きな口を空けた時、家の中から声がします。
「家を食べるのは誰?」
「やべぇ。人がいたのか」
 ドアが開いて中から出てきたのはとても可愛らしい少年でした。
「あなたたちですか、家を食べてたの」
「おっ、悪りぃな。俺たち腹が減っててなー。ここまでなーんも食べずに来たから」

 健さんの隣にちょこんと座って少年は話を聞いています。
「大変だったんですね。よかったら家の中へどうぞ。もうすこしマシなお料理が出せますよ」
「ビールはねぇよな。未成年の家には」
「あります」
 少年は健さんと江端さんを誘って家の中に入りました。
 中はいたって普通の家で、暖炉には温かそうなスープの入った鍋があります。
「さ、どうぞ」
 テーブルの上にはシチューとローストチキン、ビールとサラダ、デザートのケーキまで用意されていました。
 健さんと江端さんはここしばらく本当に満足に食べていなかったので、出された料理を綺麗に片付けました。
「あー、食った食った。久しぶりに食ったな、こんなマトモな料理」
「助かった」
 二人とも満足そうな笑みを浮かべています。
 少年は慎吾と名乗りました。
「俺、ここで魔女やってるんです」
「へぇー。で、おめぇ、ヘンな趣味してんな。屋根はロースで壁はカルビか」
 食いもんには困らねぇな、と健さんはくすくす笑って煙草に火をつけました。
 慎吾君は灰皿を差し出しながら、どうしてこんな家になったのかを説明しました。

「さっきの健さんたちみたいに、森で迷ったりした人がこの家の匂いにつられてやってくるのを待ってるんだ」
「淋しくてってわけじゃあ、ねーよな?」
 フゥーッと煙草の煙りを吐き出しながら、健さんは言います。
「うん、本当は迷った人たちを騙して食べちゃうんだけど…。俺の師匠が今行方不明で。妊娠中にキノコがどうしても食べたいって言って森に生えてた毒キノコ食べちゃったんだよね」
「…それで?」
「俺一応止めたんだけど、魔女だから毒は効かないとか言い出して。食べたとたんケラケラ大笑いしながら出てったきり、戻ってこないんだ。だから、俺も仕方なく師匠の代わりに…」
「俺らを食うってか?」
「ううん、俺は人なんて食べないよ。師匠の代わりにこの家を守ってるんだ。一応、師匠の家だし」
 健さんはじっくりと家の中を見回します。
 家の中は上品な木目調の家具がおかれていたり、きちんとじゅうたんがひかれていたりと、外観からは想像がつかない内装をしています。
「で、おまえの師匠ってのがいなくなってからずーっとここにひとりでいるのか?」
 トントンと煙草の灰を灰皿に落としながら健さんは慎吾君に聞きました。
 こくんと慎吾君が頷いて言います。
「最近は人もなかなか森で迷ってくれなくてね。何ヶ月、ううん、何年ぶりだろう、こうやって人と話をするの」
 と嬉しそうに笑いました。
 本当に久しぶりに他人と食卓を囲んだようです。
「あ、ちゃんと家まで送り届けるからね。俺、まだ半人前の魔女だけど、それくらいの魔法は使えるんだ」
 心配しないで、と慎吾君はすこし淋しそうに言います。
「…どうしたよ」
 煙草を灰皿に押し付けて、健さんは慎吾君に聞きます。
 さっきまでの嬉しそうな顔は一瞬で消えて、沈んだ表情を浮かべています。
「…健さんたちを送り届けたら、またひとりになっちゃうんだな…と思ったら淋しくて」
 慎吾君の目には少し涙が浮かんでいました。

「…薪が足りないようだな。この家に斧はあるか?」
 今まで黙って話を聞いていた江端さんが突然慎吾君に言いました。
「ありますよ。けど…どうするんですか?」
「一応、きこりの跡取り息子だったからな。そのへんの木を伐採してこよう。炭や薪を作るのは慣れているから、この先、役に立つぞ」
 暗にここにいてやると言っているようです。
「江端っ、てめー、いいかっこしやがってっ!! せっかく『ここにいてやる』っつーセリフをやさーしく抱き締めながら俺が囁く絶好のチャンスだったってのに!」
「俺の目は気にしなくていいから、その絶好のチャンスとやらを思う存分モノにしてくれ」
 江端さんは斧を片手に出て行ってしまいました。
 二人の言葉に慎吾君は大きな目を一層大きく見開いて、健さんを見つめています。
「ま、そういうこった。邪魔じゃねぇんなら、俺達、ここに居てもいっか?」
 ん? と健さんは慎吾君の大きなくりくりっとした目を覗き込んで訊ねました。
「本当に? 本当にここに居てくれるんですか??」
 慎吾君はまだ信じられないといった顔をしています。
「あぁ、居てもいいっていうんならな」
「居て下さいっ!!! 健さん達の好きなだけ、ここに居て下さいっ!!!!」
 慎吾君は健さんの腕を掴み、嬉しそうにいいました。
その笑顔を見て、健さんも嬉しくて、笑ってしまいました。
「あ、あのよ。頼みがいっこあるんだけどな」
「なんですか? 俺にできることならなんでも!」
「この家の肉って食えるんだろ?」
「ええ、もちろん。特殊加工してありますから、腐りませんし、新鮮ですよ」
 さっきのシチューにも使いましたから、と慎吾君は言いました。
「この肉をな、ク●ル宅急便でもなんでもいいから、この森の入り口の家にいる貴奨さんと高槻さんとこに送ってやってくれねぇか」
「肉を、ですか?」
「ああ。あそこもな、食うもんがなくて、一家心中しそうだったから、俺達が家を出たんだ。肉がありゃ、なんとか生き残れるだろ? だから、な」
 一宿一飯の恩、というやつです。
 一応は世話になったのですから、自分達だけが美味しい物を食べて生き残るというのもなんだか寝覚めが悪いものです。
 慎吾君はそんな健さんの気持ちがわかりました。
 そしてにっこりととても可愛らしい顔で微笑みました。
「わかりました、いいですよ。じゃあ、用意しますね」
 発泡スチロール3ついっぱいいっぱいに肉を詰め込みます。
 これだけあれば何ヶ月か暮らしていけるでしょう。
 その頃には国の財政も持ち直しているかもしれません。
 用意がすんだ発泡スチロールの3箱を使い魔に持たせます。
 魔女の使い魔は猫。
「いいか、ミルク、グレース。これを森の向こうの木こりの貴奨さんの家に届けるんだぞ。…健さん、メッセージこれでいいんですか?」
 箱の上に大きく《食え!》とだけ書かれています。
「あ? あぁ、いーんだ、それで。そんだけでわかるだろうよ、あの人も」
 ミルクとグレースは大きな発泡スチロールの箱を引っ張って森へと消えて行きました。

それからしばらく、魔女の慎吾君と健さんと江端さんは仲良く3人で暮らしていました。

「あぁ、やっぱりここだ」
 聞き慣れた声が家の外からします。
 慎吾君と健さんが外へ出てみると、なんとそこには高槻さんが立っているではありませんか。
「芹沢、やっぱりここだったよ」
 森の方へと声をかけます。
 そこから姿を現したのはまぎれもない貴奨さんでした。
「なっ、なっ、なっ??」
 健さんは驚きのあまり声がでません。
「やっぱり君たちもここにいたんだね。よかったよ、生きててくれて」
 高槻さんは健さんの手を握り嬉しそうに言いました。
「だから言っただろう。この二人は殺しても死なん…、江端君の姿が見えないようだが…?」
「あいつは森へ木を切りに…って、そうじゃなくて、一体何しにきたんです?!」
「とうとう、食べるものがなくなってね。生きるか死ぬかの瀬戸際になったんだ。その時、君たちのことを思い出してね。あんな肉を送ってくるんだから、きっと森には生き物がたくさんいるんだろうと思って入ってみたら、動物なんて一匹もいなくて歩けど歩けど木ばかり。イヤになり始めた時にとある話を思い出したんだ。この森には食べられる家があるって話を」
 それを探して歩いたらここに辿りついたとそういうことらしい。
「へぇ、広い空き地があるじゃないか。芹沢、私達もここに住むことにしよう」
「おまえがそうしたいというのなら、かまわないが…、家を建てるには数カ月かかるぞ。その間の仮小屋がない」
 貴奨さんにそう言われて、高槻さんは健さんの後ろに立っていた慎吾君に目をやりました。
「もしかして、魔女?」
「…まだ半人前なんですけど…」
「可愛い魔女さんだね。ねぇ、君の魔法では家は建てられないのかな?」
 高槻さんはにっこりと微笑んで慎吾君にたずねました。
「できないことはないと思うんですけど…木を切る魔法をまだ覚えてなくて…木材さえ用意できれば…」
 申し訳なさそうに言う慎吾君に高槻さんは大丈夫だと言いました。
「こっちには腕のいいきこりが一人いるし、江端君もきこりの道を歩き始めたみたいだし、家を建てるぐらいの木材は用意するよ」
 ね、芹沢、と言われて貴奨さんは頷かずにはいられませんでした。
 戻ってきた江端さんを捕まえて、貴奨さんは森の中へと木材を切りに行きました。
 そして二人が用意した材料を使って慎吾君達の家の隣に貴奨さんと高槻さんの住む家を建てたのです。
 健さんはせっかくの新婚生活がパーだのと文句を言っていましたが、一気に家族が増えたようで嬉しい慎吾君を見ていると、そんなことはどうでもよくなってしまったのです。
(シンが嬉しいなら、まぁ、いっか)

 そうして、5人は森の奥深くにある家で仲良く暮らしましたとさ。


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