投稿(妄想)小説の部屋

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No.345 (2001/08/25 01:35) 投稿者:Shoko

ちび慎吾くん、貴奨さんの仕事場へ行く

 8月も終わりに近づいたある日のこと。
 ちび慎吾君は高槻さんと一緒にタクシーに乗っていました。
 外出用のお洋服(注・スカートではありません。念のため)を着て、すこし緊張した顔で高槻さんの隣に座っています。

「もうすぐ着くからね」
 高槻さんに言われて窓の外に目をやりました。
 都心とは思えない程の緑があります。
 慎吾君の目的地は、四季グリーンホテルでした。
 今日は貴奨さんの仕事振りを見学に行くのです。

 なぜそんなことになったのか、というと、慎吾君が高槻さんに
「貴奨の仕事ってどんなことをするの?」
 と聞いたことがはじまりでした。
「大雑把にいうと…ホテルに来てくれた人を助ける仕事…かな」
 説明をしてくれた高槻さんでしたが、慎吾君がイマイチわからないといった顔をしたので、泊まりに行こう、ということになったのです。
 けれど、高槻さんから
「内緒にしておこうね」
 と言われていたので、貴奨さんは今日、二人が来ることを知らないでいました。

 ホテルに着いて、タクシーのドアが開きます。
 慎吾君はふわ〜〜っと目の前にどどーんと建っているホテルに目を奪われています。
「慎吾君、行くよ」
 高槻さんに手を引かれ、慎吾君はホテルの中に足を踏み入れます。
 ホテルの中には沢山の大人の人がいます。
 お客さまの荷物を運んでいる人。案内している人。沢山です。
「ねぇ、高槻さん、貴奨はどこにいるの??」
 ロビーを見回しながら、慎吾君は高槻さんに言います。
 こっちだよ、と高槻さんは慎吾君を連れてコンシェルジェデスクへと向かいました。

 そこにいた女性に自分の名前と、貴奨さんに会いたい旨を伝えると、
「もうすぐ来るよ」
 と慎吾君に微笑んでくれました。
「慎吾君を見て、アイツどんな顔するか楽しみだな…」
高槻さんはくすくすと笑っています。
「高槻。どうした…? ……慎吾っ?!」
 貴奨さんは高槻さんの側にいた慎吾君を見て驚きをかくせません。
 突如現れた慎吾君に嬉しい反面、一体何があったのだ、という顔をしています。
 いつも仕事場では沈着冷静な貴奨さんが少し大きな声を出したので周りのスタッフの人も少し驚いていました。
「慎吾君がお前の仕事を聞いてきたから、話して聞かせるより実際に見せてあげた方がよりわかりやすいと思ってね。部屋を1部屋頼むよ」
「いきなり来て何を…」
「チーフの意地と誇りにかけて、とってくれるだろう? ……慎吾君にいいところを見せたくはないのか?」
 最後の一言を、そっと貴奨さんの耳に流し込みます。
 慎吾君に『頼れる兄』をバーンと印象付けるのにはいい機会です。
「…わかった」
 貴奨さんの答えに満足そうに頷くと、高槻さんはロビーで待っていると短く告げ、慎吾君を連れて行きました。

「芹沢が部屋を用意してくれるまでここで待っていようね。ここなら芹沢の姿も見えるし」
 慎吾君はじーーっと貴奨さんの姿を見ています。
 スーツを着ている姿は出勤の時に毎朝見ているはずなのに、家とは違う場所で、働いている姿を目の当たりにすると、なんだかとてもドキドキしてしまう慎吾君なのです。
 あんなにカッコイイ人が自分の兄だと思うと慎吾君は少し嬉しくなりました。

「もっと側で見たいな……」
「うーん。デスクの中はちょっと無理だろうけど…。あの柱の陰からならここよりよく見えるかも知れない」
 高槻さんが指差してくれた柱は二人が座っているソファよりもコンシェルジェデスクに近い柱でした。
「行ってきてもいい??」
 高槻さんはもちろん、と頷き、貴奨さんの仕事と他の人の邪魔にならないように、とだけ注意しました。

 慎吾君は静かに柱に近づきます。
耳をすませば貴奨さんの声が聞こえてくるようです。
 顔を覗かせてじーっと貴奨さんを見ています。
「あ、外人さんだっ」
 1人の外国人の方が貴奨さんに話しかけています。それをなんということはなしに受け答えする貴奨さん…。
「うわぁ……、貴奨って英語話せるんだ……。すご〜〜い…」
 慎吾君の目はもう尊敬のまなざしできらきらしています。

 慎吾君は貴奨さんには絶対に見つからない、と思って安心しきって貴奨さんの仕事ぶりを熱心に見つめています。
 ですが、常に回りに気を配っている貴奨さんに慎吾君のその姿が目に入らないわけがないのです。
 柱の陰からこちらを窺うようにしてじーっと見つめている慎吾君と貴奨さんの目がぴったり合いました。
 すると慎吾君は驚いたような顔をしてあわてて柱の陰に隠れてしまったのです。

 貴奨さんは自分と目があった途端に慎吾君が隠れてしまったことに多少のショックを受けつつも気になって吾君の側へと近づきました。
「慎吾? なにをしている」
「……ごめん…。邪魔しないようにって高槻さんに言われてたのに…」
 慎吾君は申し訳なさそうに涙を浮かべて貴奨さんに謝りました。
「邪魔?」
「仕事の邪魔しないようにって…。……っ」
 目からはもう大粒の涙がこぼれ落ちそうです。
 貴奨さんが仕事の手を休めて自分の所に少しの時間でも来てくれるということは邪魔をしていることになるんだ、と慎吾君はわかっていました。
 そんな慎吾君の気持ちがわかった貴奨さんは、慎吾君の頭に手を乗せて髪を優しく撫でてあげました。
「大丈夫だ、おまえは邪魔なんてしていない」
「…ほんと?」
 本当だと優しく微笑みながら頷く貴奨さんを見て慎吾君の顔にあのひまわりのような笑顔が戻って来ました。

「で? こんな柱の陰でどうした」
「貴奨の仕事、もっと近くで見たくなって…。ここならあのソファよりも近いよって高槻さんが言ったから」
 だからここで見ていたのだ、と慎吾君は言いました。
「ねぇ、話しかけたりしないから、ここでもう少しだけ見ててもいい??」
「…ここよりもあそこの椅子のほうが良く見えると思うが…?」
 貴奨さんが指し示したのはコンシェルジェデスクのすぐ側にある椅子でした。
「いいのっ??」

 間近でみる貴奨さんはとっても頼りになるお兄ちゃんでした。
 なるべく邪魔にならないように、と慎吾君は気を使いながら貴奨さんを見ています。
 誰が来ても、少しも動じず、相手の要求に応える貴奨さんをみて慎吾君は益々貴奨さんのことが誇らしくなったのです。

「慎吾、部屋の用意ができたから、高槻と部屋で待っていろ。俺はまだ仕事があるから」
 部屋まで案内してくれる貴奨さんの手を握って、慎吾君はぽつりと言いました。
「貴奨って英語も話せるんだね。ホテルの中の誰よりも堂々としてて、すっごくカッコよかったっ!!」
 そうか、と貴奨さんは嬉しそうです。
 めったにお目にかかれないほどの極上の柔らかい微笑みを浮かべています。
 慎吾君は貴奨さんを見上げて突然こんなことを聞きました。
「……貴奨は仕事が好き?」
「あぁ。好きだ」
「この仕事は貴奨にとってやりたいことなんだね。だからあんなにかっこいいんだ。俺も、将来貴奨みたいに、仕事を好きだって言えるようになりたいっ!!」
 その言葉に貴奨さんも側にいた高槻さんもとてもとても嬉しそうに微笑んでいました。

 部屋で、高槻さんに貴奨さんが如何にかっこよかったかを少し興奮気味に話して聞かせる慎吾君に高槻さんは
「そうだよ、慎吾君の兄貴は実はとってもかっこいいんだ」
 でも、私が言ったって内緒だよ、とウィンクしながら言ってくれました。

 その後、慎吾君は何度か部屋を抜け出し、貴奨さんの仕事している姿を見にロビーまで行きました。
 そしてその都度、嬉しそうなそして誇らし気な顔をして部屋まで帰っていくのです。
 その姿に気がつきつつも、何喰わぬ顔をしていつも通りに仕事をしている貴奨さんでしたが、自分はいつもと変わらず冷静だ、と思っているのは貴奨さんだけのようでした。

「ねぇ、チーフ、ずーーーーっと笑ってるわよ?」
「なにかいいことあったのかしら…?」
「でもずーっと笑ったままっていうのも…マズイんじゃないの?」
「「そうよねぇ」」
 そんなスタッフの心配はどこ吹く風、その日貴奨さんの顔からは極上の微笑みは消えることはなかったようです。

 仕事が終わったその足で貴奨さんは高槻さんと慎吾君が待っている部屋へと向かいました。
 そしてそのままそこに泊まることになってしまったのです。
 普段の貴奨さんなら自宅へと帰ったのでしょうが慎吾君がどうしてもどうしても3人で泊まりたいと言ったのです。
 仕方ないといった風を装っていましたが貴奨さんは内心とても嬉しかったのです。

 風呂から上がって来てみると、ツインのベッドの片方には高槻さんが、もう片方には慎吾君が眠っています。
 さて、どこで寝るべきだろう、と貴奨さんが立って考えていると高槻さんが身体を少し起こして言います。
「なにをそんなところに突っ立っているんだ。お前が寝るのは慎吾君の隣だ。このベッドに大人の男が二人はキツイからな」
 たまには弟を抱いて寝るのもいいだろう、と高槻さんは柔らかい笑みを浮かべて言ったのです。

 貴奨さんは慎吾君を起こさないように、そーっとベッドに入りましたが少しの揺れで慎吾君が目を覚ましてしまいました。
「貴奨…?」
「すまん。起こしたか?」
 大丈夫、と目をこしこしと擦ります。
 目を擦りながらも慎吾君の顔は少し微笑んでいます。
「今日、貴奨、すっごいかっこよかった…。俺のお兄ちゃんなんだってみんなに言いたくなったぐらいかっこよかった…」
 改めて言われると照れるもので、貴奨さんはありがとうの代わりに慎吾君の背中を優しく撫でてふんわりと笑いました。
「…それと……言うの忘れちゃうところだったけど…誕生日、おめでとう……。プレゼント持って来たから明日渡すね……。おやすみ…」
 慎吾君の言葉で今日が誕生日だったことを思い出した貴奨さんでした。
 慎吾君は貴奨さんの胸に顔を寄せて眠っています。
 その様子を高槻さんが微笑んでみていました。
「それが私からのプレゼントだよ、芹沢」
 小さな声でしたが、貴奨さんには届く十分な声でした。

 その夜、貴奨さんは慎吾君と一緒に眠りました。
 貴奨さんの浴衣をきゅっと無意識に握る慎吾君がとても可愛らしかったのです。
 その隣で十分な睡眠がとれるはずもなく、貴奨さんは結局一晩中寝顔を眺めてしまいました。

 翌朝、慎吾君からもらったプレゼントのネクタイは貴奨さんの中で大切な大切な宝物になったようです。
 自宅でも盛大なパーティをやろうと画策している高槻さんと慎吾君はそのことを貴奨さんには内緒にしたまま3人仲良く、帰途についたのでした。


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