イミテーション・ブルー
魔族の卵の監視のため、アシュレイが人界に降りて、もうどれだけが過ぎただろう。
アシュレイは身の内に、亜火の件で生じた塊を抱え込んだまま、任務に励んでいた。
(あれ以来、天主塔にも行ってない・・・)
あいつはどうしているだろうかと思いつつも、顔を見たら文句を言ってしまいそうで、会うのが怖かった。
「――アシュレイ」
背後から声を掛けられ、振り向きざま手の得物で薙ぎ払う。
「気配消して近づくんじゃねーよ、柢王!」
「別に消してなんかいねーよ。お前が気づかなかっただけだろ?」
ひらりとよけた柢王が、宙に浮いたまま笑っていた。
ふん、と鼻を鳴らしてアシュレイは武器を左手に沈める。
「何しに来たんだよ」
「用はねーけどさ、お前がどうしてるかと思って」
「――あいつに頼まれたのか? だったら余計なお世話だ!」
「違うって。ティアは関係ない。俺がお前のこと心配しちゃ悪いかよ?」
直截的な言いように、アシュレイは詰まってしまう。
「べっ・・・別に、悪くは・・・」
「とりあえず降りねーか?」
二人は人気のない林の中に降り立った。
「――実は、お前も心配だけど、ティアも心配でさ。けっこー煮詰まってっから」
「そうなのか?」
たまに遠見鏡ごしに話すことはあるが、アシュレイの眼にはそうは見えなかった。
それを言うと、
「お前を気遣ってんだろ」
と柢王は肩をすくめる。
「たまには帰ってやれよ。ティアもお前に会いたがってる」
「・・・バカ言うな! 任務で来てんだ。天界まで往復で百日だぞ!」
「それぐらいなら、部下に任せたって大丈夫だろ?」
「任せられる奴なんかいねーよ」
「あのなあ、部下を育てんのも元帥の仕事だぜ?」
ま、俺も人の事は言えねーけどな、と柢王は笑う。人にさせるより、自分でやってしまったほうが早いのだそうだ。
「――でもさ、本当に一回ぐらい帰ってやれよ。な?」
「俺は・・・」
アシュレイは口ごもった。
会ったらやつあたりしてしまいそうで怖い。会いたいけど。確かに、会いたくはあるのだけど。
「それとも、お前はティアに会いたくないのか? その程度の気持ちなのか?」
「違う!」
叫んで拳を握り――アシュレイは柢王に飛び掛った。
「おっと」
その手首を掴んで止め、柢王は幼馴染の肩をなだめるように叩く。
「わりぃ。でもさ、そんなら会いに行ってやれ。――ティアも不安なんだからさ、顔見せてやれよ」
不安?
それを聞くと、却ってアシュレイは、それこそ不安になる。
そんなに頼りないものなのだろうか。
本当の想いとはもっと――揺るぎないものとは違うのか。
会いたい、といつも言うティア。彼が外に出られないのは知っているけど、それでもそうそう会いに行けるものじゃない。周囲の事情でも、アシュレイの心情でも。
柢王は黙ってしまったアシュレイの手を離した。
「うちの国の陶器博物館、知ってるよな?」
「あ? ――ああ、あのヘボい中身のとこだろ?」
「あそこで働いてるじーさんと、前話したことがあんだけどさ。そん時そのじーさんが言ってた。本物ってのは、壊れやすいものなんだってさ」
壊れやすい。本物は。
「そう・・・なのか?」
逆じゃなくて?
「そんで本物ってのは、磨けば磨くだけ、光ってくんだと」
アシュレイは黙っている。
「『その程度』じゃない気持ちならさ、大事にしろよ。お前のも、ティアのも。壊れやすいんだからさ」
「てめえは――」
アシュレイは、苦し紛れに言おうとした言葉を止めた。
「何だよ?」
「なんでもねーよ! てめえ、用がないならもう帰れよ!」
そっぽを向いたアシュレイに、柢王は苦笑する。
「わかった、じゃ、俺は天界に帰るからさ、いいな、ティアに顔見せてやれよ?」
「うるさいっ!」
再びアシュレイの拳が襲ってくる前に、柢王はふわりと浮かびあがった。
「じゃあな。任務がんばれよ」
「とっとと行けっ!」
――頑張って磨け、なんて。柢王は言わなかったけど。おせっかいでいい加減で、誰からも認められない相手を伴侶に選んだ幼馴染は、いつもあとひと言を言わないけど。
こうして分かってしまっている自分が悔しいと、アシュレイは思った。
今はまだ行けない。でも、そのうち、天界に帰ろうと思った。――自分に会いたいと言う、ティアに会いに。