投稿(妄想)小説の部屋

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No.322 (2001/07/31 00:06) 投稿者:Shoko

川の字(後編)

 深夜過ぎ。
 抜き足差し足千鳥足、ではなく忍び足で慎吾の部屋に近づく人影が一つ。
 兄弟になったばかりの男、健であった。
 今まさに、慎吾の部屋へと夜ばいをかけるところである。
「こんなオイシイ状況、黙って寝てるって手はねぇよな?」
 慎吾の部屋のノブに手をかけ、音もなくドアを開ける。
 ベッドにはこんもりとした膨らみがあり、スースーと寝息が聞こえてくる。

 なるべく起こさないように、と健はそーーっと慎吾の隣に滑り込み後ろから慎吾を抱き締める。
 慎吾のパジャマを脱がそうとした健の指をぎゅっと握り返すものがある。
 起きているのかと慎吾の顔を覗き込んだが、どうもそういう訳ではないらしい。
(…起きてるわけじゃねーみたいだな…)
 握られた手をそっと離し、再びパジャマを脱がしにかかる。
 するとまた手をさっきよりもきつく握られた。
(寝とぼけてるわりにゃいー反応じゃねーかっ)
 なかなか本命のところへと手が届かない健は握ってくる手を反対に握り返し、もう一方の手でパジャマを脱がせにかかった。
 がまたしても、その手は力強く握られてしまったのだ。
「シン! おまえ、ホントに寝てんのかっ!!」
「…そんな大声を出すと、本当に慎吾が起きるぞ」
むくりと身体を起こしたのは慎吾ではなく、過度な弟思いを発揮させている貴奨であった。

「き、貴奨さん…? なんでここに……」
「きっと君が慎吾に夜ばいをかけると思ってな。張っていた」
「へぇ……。読みはバッチリってとこですか。けど俺がしにきたのは夜ばいじゃなくって兄弟の絆を深めようと思っただけなんですけどねぇ」
 貴奨に片手を握られたまま、健は嘘八百を並べ立て、暗闇で目を光らせて笑った。
 そんな笑みなどものともせず、貴奨は淡々と健に言って返した。
「パジャマを脱がせようとしていたくせに、よく言うな。そんなに兄弟の絆を深めたいなら、まず俺と深めてみてはどうだ?」
「……は?」
「遠慮しなくてもいいぞ。慎吾の代わりに一緒に寝てやろう。さぁ」
「いりませんてっっ!!!」
 寝ている慎吾の上で凄まじいバトルが繰り広げられていた。
 これ以上慎吾に悪戯をさせてたまるかと、貴奨は逃げる健の手をがっちりと握って離さない。
 健は健でその手をなんとか振りほどこうとするからベッドの上は大揺れに揺れている。
 そして、その騒ぎに慎吾が大人しく寝ているはずもなく、目を覚ました慎吾は自分の身体を挟んで左右にいる兄達が固く手を握りあっている姿をみて、
「健さん、貴奨…ナニしてるの?」
 寝転がったまま二人の顔を交互に見比べた。
 二人の兄はバツが悪そうな顔をして、慌ててお互いの手を離したのだった。
「健さん…? 貴奨??」
「向井君が兄弟3人で仲良く寝たいというからな。起きてるおまえを起こすのは可哀想だから、ここで一緒に寝ようと思ってな」
 いつの間にやら自分のせいにされていた健はぬれぎぬに反論しかかるも貴奨の大きな手で口を塞がれてしまいぐっ、と出かかっていた言葉を飲み込んだ。
「へぇ。仲良くなったんだね」
 嬉しそうに慎吾に言われてしまえば、健も違うとも言えず、
「ま、まぁな…」
 と悔しそうに答えてしまう始末だった。
「そっか、よかった。心配して損しちゃった。…ふあぁ〜〜っっ。俺、寝るよ? おやすみ…」
 寝惚けているのか、本当に信じたのか、この状況をすんなりと受け止めて慎吾は再び眠ってしまった。
 健と貴奨もまたバトルを再開するわけにもいかず、なんとも言えない顔をしてベッドに横になったのだった。
 慎吾の身体に手を回す健とそれを阻止する貴奨との水面下の争いがあったようだが、ここは貴奨が折れたらしく、その夜の決着がようやっとつき、健も貴奨も眠りについた。

 それから1週間、起きているときは相変わらずだが、3人で川の字になって眠るのが習慣になりつつあった。
 忙しい貴奨も必ずその時間帯にはなぜか帰ってきていたし、貴奨が隣にいたのでは健のヤル気も萎えてしまっていた。
(別にいてもいーんだがな。けど江端と違って見て見ぬフリっつーのはしてくんねーだろうしなー)
 なによりも慎吾がこの状態を喜んでいるようなのだ。
 川の字になって寝るのが楽しいのか、アニキが増えたのが嬉しいのか。
 はたまた別のことで嬉しいのか…。
 それは一切謎だったが、嬉しそうな顔を見ていると、貴奨とも仲良くしてもいいかもしれない、ただ、慎吾とのラブラブな時間さえ作らせてくれれば、と思う健であった。
 一方、貴奨もこの状態には複雑な気持ちを抱いていた。
 こんな風に健と暮らす日がやってくるとは思ってもみなかったのである。
 なんとなく、弟、というよりも弟の恋人と思えて仕方がない。
 貴奨自身も可愛い弟を持っていかれる兄貴というか保護者というか…そんな感覚が抜けずにいる。
 その反面、健がこの部屋にいるのが当たり前だと感じている部分もあったりもして。
 このまま日数がたてば兄弟として仲良く暮らしていけるかもしれない。
 ただ、問題は兄弟となった今でも健が慎吾に手を出そうとすることで…。
 一人安らかに眠る慎吾の両隣りで二人の兄は、ふう、とため息をつきつつも今夜も兄弟仲良く川の字になって眠っている。

 ある日の昼下がり。その日は3人とも休みの1日だった。
 突然、何の前触れもなしに高槻が芹沢宅にやって来た。
「高槻さん、どうしたんですか?」
「向井君と芹沢もいるね?」
 そういうと勝手知ったる他人の家。慎吾に迎えられた高槻はリビングに向かう。
 そこでは静かに新聞を読んでいる貴奨と、慎吾とTVゲーム対戦待機中の健がいた。
「ちゃんと暮せてるみたいじゃないか」
「高槻?」
 いきなり来てなんの話だ、と貴奨は高槻の顔を見上げた。
 健も慎吾もはて、何の話だろう、という顔をしている。
「仲良くできるんなら最初からそうすればいいのに」
「?」
「何の話ですか?」
 高槻がなにを言わんとしているのかがわからず慎吾が尋ねる。
「自分の親兄弟と恋人の仲が悪いまま結婚するっていうのはなかなか辛いことだよ、慎吾くん。どうせなら、仲良くしてほしいだろう?」
「それはそーですけど……」
「だからね、ちょっと二人の仲を良くするお手伝いを、と思ってね」
「は…?」
「結構大変だったんだよ、おじさんにも1枚かんでもらって、戸籍のコピーもそれらしく作ったりして」
 その苦労を思い出すかのように高槻がしみじみと言う。
「え、じゃああれ…ウソ?」
「嘘、というかシュミレーションを兼ねた冗談と思ってもらえれば嬉しいけど」
 高槻はなんとも綺麗な顔で微笑んだ。
 その笑顔に毒気が抜かれたように微笑み返してしまう慎吾と、鳩が豆鉄砲を食らったような顔をしている健と。
 そしてある意味今回一番可哀想だった貴奨がすっくと立ち上がり、高槻に迫った。
「じょ…じょ…冗談ですむか、高槻っ!!」
「その冗談にまんまとハメられたってワケか?」
 あーあ、と健はため息を盛大についた。
「向井君にもいい経験になっただろう? 芹沢も慎吾くんの結婚相手と一緒に暮らすということが
 どういうことか前もってわかって良かったじゃないか」
 人助けをしたような清清しい顔で高槻は二人に柔らかく微笑んで言った。
「俺がどんな思いでだな…」
「まぁまぁ、悪くなった機嫌は私が責任を持って治すから。あ、おじさんは明日、御自宅に到着されるからね」
「無事だったんですね。よかった…。でも高槻さん、どうしていきなりこんなことを…?」
「いやなに。中途半端に時間が空いたんでね」
 借りていくよ、と貴奨を半分引きずるようにして高槻は玄関へと向かってしまった。
 リビングには固まってしまった慎吾と健が残されている。
「もしかして………」
「………暇つぶしか? オイ」

 その真相は高槻以外知る人はない。
 そしてその後、兄・貴奨氏の過保護度はますます進化を遂げているらしい。


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