投稿(妄想)小説の部屋

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No.297 (2001/07/09 01:26) 投稿者:JuJu

eine nacht

「慎吾!? お前一体…」
 急いで仕事から帰ってきた貴奨は慎吾の姿を見てそう叫んだ。

 ここはある辺境の村。
 その場所ゆえに何の娯楽もないが旅人が多く立ち寄るため、宿場が多い。貴奨はその宿場の一つで働いている。
 この季節夜の帳がおりるのは早く、家で兄の帰りを1人待つ慎吾が心配で今日も急いで帰ってきた。その貴奨が見たものは鏡に姿が映らない慎吾の姿だった。
 この地方で鏡に映らないといえば考えられるのは一つ…。
 ヴァンパイアの洗礼をうけたのだ。

「慎吾、どういうことだ。いつの間に…」
 血相を変えて詰め寄ろうとする貴奨に、慎吾がくすくすと笑いながら言う。
「駄目だよ、貴奨。近づいちゃ。俺、お腹すいてるんだもの。でも一番はあの人の血って決めてるんだ。だから…」
 それを聞いた途端、貴奨の顔が驚愕に染まる。
「何をバカなことを。すぐに元に戻してやるから待っていろ。」
 だが、依然くすくすと慎吾は笑ったままだ。
 ただでさえ白い肌は、今では陶器のようで、冷たく血が通ってないように見える。にもかかわらず、唇だけが真っ赤でなんとも妖しい雰囲気を醸し出していた。
「俺知らなかったんだ。夜ってこんなに素敵だってこと。健さんと一緒に見る月はきっと綺麗だろうな。」
 人にはありえない程のびた犬歯を時折覗かせながら、恍惚の表情を浮かべる慎吾は窓枠に手を掛け、その向こうに身を躍らせた。
「慎吾!!」
 慌てて駆け寄り窓の向こうを見渡すが、すでに慎吾の姿はない。
「くそっ」
 おおよそその顔には似つかわしくない言葉を吐き出しながら、貴奨は慎吾をこんな目に遭わせたやつのことを考えていた。
「伯爵…あいつの仕業か…」
 伯爵とはこの村を治めている領主のことだ。人は皆、彼のことを畏怖の念をこめて『伯爵様』と呼ぶ。
 この村は伯爵がいるからこそさびれずに残っている。彼の持つ不可思議な力のおかげでこの村は水害も干害も、自然現象による被害を何一つ被ったことはない。
 一年を通して穏やかな気候が続き、作物はよく実る。
 伯爵は村人達の生まれるずっと前から彼らの領主であり、その年齢を知る者はなく、その姿を見たことがある者もいない。否、見たことがある者がいても、彼について語ることがないのだ。
 なぜなら、彼に出会った者はすべて洗礼をうけ、彼の下僕になってしまうからだ。
 伯爵は人の生き血を糧にするヴァンパイアだという。村人達は代々、そのことを伝え聞き、長老達の教えを守ってきた。
「伯爵様は、わしらに快適で穏やかな、何一つ不自由ない生活を約束して下さる。その代わり、夜は伯爵様のものじゃ。伯爵様に逆らってはわしらの生活は壊れてしまう。わしらは昼に生き、夜は家の中で息を潜めて過ごすのじゃ」
 辺境ゆえに多くの旅人が通りかかるが、運悪く夜を迎えなければならない場合は、旅人は無理をせず宿をとり、早くにやすむ。
 貴奨は弟を夜1人でおいておくのが心配で帰ることが出来る日は可能な限り、早く帰ってきていた。今日は雨だったせいか、いつもよりも暗くなるのが早く、駆け込みの客が多かったため帰宅が少し遅くなってしまった。それで、慌てて帰ってきたのだが…
「どうすれば、慎吾を元に戻せる!?」
 普段の貴奨からは想像のつかない必死の形相で、考えを巡らしていた。
「そうだ、高槻! あいつなら神父だし何か知ってるかもしれない」
 思いついた貴奨は急いで身支度を整え、友人の元へ走った。
 高槻光輝…。彼は貴奨の古くからの友人であり、想い人でもある。
 数ブロック離れたところにある教会の神父である彼に、慎吾はよく懐いていたし、高槻もまた弟のようにかわいがっていた。
 高槻が教会と住居を構えている敷地内に、貴奨は大声を上げて高槻の名前を呼びながら足を踏み入れた。そこへ自宅のドアが開き、高槻が姿を見せた。
「どうした、芹沢?何かあったのか」
 そう尋ねながら貴奨を家の中へ招き入れる。普段ならその流れるような一連の動作に思わず目をひかれる貴奨だが、今はそんな余裕すらない。
「慎吾が伯爵の洗礼をうけた! どうすれば元に戻せる?」
 いつもの冷静さの欠片もかんじられないその口調には焦りが見受けられる。急いできたのだろう。額にはうっすらと汗が浮かんでいる。
「慎吾くんが? それは困ったね。」
 だが対峙する高槻は優雅にうっすらとそう微笑み返すだけだ。
「…?」
 何かが貴奨の頭の片隅に引っ掛かる。だが、それを気にとめる余裕はもちろんなく、
「お茶なんかいい!! 頼む、高槻どうすれば助けられる!? 教えてくれ!! 光輝!!」
 そう言いながら詰め寄ろうとした瞬間、高槻がゆっくりと笑った。
 「光輝?」
 おかしな違和感が貴奨を襲う。小さな疑念が生まれ、それは急速に大きくなった。高槻、彼は何を考えているのか。口を開こうとしたとき、彼は言った。
「無駄だよ、芹沢。慎吾くんは元には戻らないよ。」
 その言葉を聞いた瞬間、貴奨は目を見開き、
「ど、どういうことだ? お前は何かを知っているのか。」と尋ねた。
 ますます高槻の笑みは大きく、そして妖艶になっていく。もともと綺麗に笑う男だが、今の笑みは鳥肌が立つほど美しく、凄みがあった。
「慎吾くんはね、私の洗礼をうけたんだよ。」
 「お前の…? お前もしかして…?」
「みんなは私の事を伯爵と呼んでいるようだね。」
 友人であり、学生時代をも共に過ごした男が伯爵なのか?信じることが出来ようもない。だが、この正体のしれない違和感は彼の言葉を間違いなく正しいものだと教える。何より、彼が微笑むその口元には、慎吾にもあった乱杭歯が姿を見せている。
 愕然として言葉もなく突っ立ったままの貴奨を気にする様子もなく、なおも高槻は、貴奨を驚かす言葉を紡ぐ。
「慎吾くんを仲間にしてしまえば、お前は絶対私のところに助けを求めてくると思ったんだ。慎吾くんは向井くんのことが欲しくて、それと同じように、いや、それ以上に私は芹沢、お前のことが欲しかった…。」
 うっとりと語る高槻は、だが、どこか哀しげだ。
 昔から好きだった男が実は伯爵で、しかも守ってやりたいと思った弟が、人間じゃなくなる。
 死んで会えなくなったわけではない。1人は今、自分の目の前にいる。だが、貴奨は2人がとても遠いところに行ってしまったような気がした。こんなに近くにいるのにどうして?
 もっと近くにつかまえたくて、
「俺をどうしたい? 光輝」
 そう訊くと、即座に答えが返った。
「欲しいって言ったろ。」
 その瞬間貴奨を満たしたのは歓喜だった。ずっと欲しいと思っていた相手に欲しいと言われる喜び。
 思わず息をのみ、そして、ゆっくりと吐き出した。
 答えは決まっている。
「お前と永遠の時を過ごすのもいいものだな。」
 迷うことはない。
 貴奨は高槻の手を取り、自分で肩に導きながら目を閉じ、そして高槻が顔を伏せるのを待った。
「芹沢…!!」
 声を震わせ、ささやく。首筋に高槻の吐息を感じたその瞬間…。

 あたりを見回せばそこは自分のベッドだった。
「夢か…。」
 熱に浮かされ、高槻のことを考えていたせいなのか。身体をおこそうとすると掛けてある布団が重い。目をやれば、そこに高槻がいすに座ったまま、ベッドに上体を倒し眠っていた。
 ふられてもいまだあきらめることが出来ない。風邪をひけばこうやって看病してくれる。いつか自分だけを見てくれるのではないかと期待し、同時に不安にもなる。
 そんなことを考えながら眠ったから、あんな変な夢を見たのだろう。
 貴奨は苦笑を浮かべ、
「お前はどんな夢を見ているんだ?」
 そうささやきながら高槻の額に唇を寄せた。


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