投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.295 (2001/07/07 06:51)投稿者:桐加由貴

アダマス

 珍しく絹一の部屋で二人、くつろいでいる。
 今年も七夕は雨だろうか。
 そんなことを考えていた絹一に、鷲尾はそっと近づき、髪をかきあげた。
「・・・もうしないのか?」
「何をですか?」
「ピアス」
 絹一の耳には、穴が塞がらないようにするだけの、透明なピアスが嵌まっている。
「あの青いダイヤのピアス、まだ持ってるんだろう?」
「・・・鷲尾さん」
 例のピアスは、鷲尾とのちょっとしたいさかいの原因になったもの。あれ以来、絹一はあのピアスをしたことがない。
「ああ・・・あの時は俺が悪かった。でも、あれはお前によく似合ってたからな、ちょっともったいなくて」
「つけると・・・ギルに怒られるんですよ」
「あいつが? なんで」
「恋人に誤解されるようなことはするなって」
 そう絹一を諭すギルバートの姿が簡単に想像できて、鷲尾はつい笑ってしまった。絹一を娘のように思っていると言っていたギルバートだが、普通父親と言うのは、娘の恋人には点が辛いものだろうに。それを、付き合い方から教えているのだから、甘い過保護な父親には随分と見込まれたものである。
「俺がいいって言ってるんだから、別に構わないだろう。・・・本当に、よく似合ってたからな」
 持って来ます、と絹一が奥の部屋に向かう。
 久しぶりに見るブルーダイヤのピアスは、やはり素晴らしい輝きだった。
「俺はこの仕事の時に、かなり大きなダイヤを見る機会があったんですけど、本物のダイヤって、真正面に立つとすごく眩しいんですよ」
「そうなのか?」
「ええ、なんでも、ダイヤって、どこから光が入ってきても、正面から出て行くようにカットされてるらしくて」
「へえ、それは知らなかったな」
「知り合いが言うには・・・ダイヤは、取り込んだ光を全て外に出すから、あれだけ輝くんだとか・・・」
 取り込んだ光を全て外に出して。
 それを言った彼は、別のことを言いたかったのかもしれないと、今になって絹一は思った。
 内に迎え入れたもの全てを輝きに変えて外に出す。この世で最も硬く美しい宝石。
 君はダイヤのようだと、そう表現した男だった。トップカラー・フローレンス。至高の、孤高の宝石だと。自分がそんなものだとは、絹一はかけらも思わなかったけど。
「そうか」
 鷲尾はそれ以上、何も言わなかった。
「貸せよ。つけてやる」
 絹一が、今つけているピアスを外してから髪をかきあげて露わにした耳に、鷲尾がダイヤのピンを通した。
 そして、青いダイヤに口づける。
「・・・やっぱり、よく似合っている」
 唇に残るのは冷たい感触。
 ダイヤというのは、冷たいものなのだなと鷲尾は思った。そして、絹一の体の温かさを確かめるために抱きしめて寝室にいざなった。

 内にあるものを全て輝きに変えて外に出す。自分の中にあるものが、本当に輝きに変わるのならばどんなにいいか。そうして美しくいられたら。この優しい腕の持ち主に似つかわしいぐらいに。
 そう思ったのも束の間のこと。絹一の思考は熱に煽られて、すでに形をなくしていた。


この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る