天の川に別れるとも
風が鳴く。
いや、風が笹林を揺らし、哀しそうな音を奏でているのだ。
桂花はひとり、小屋で柢王を待ち続けていた。
もう何度、独り取り残されたことだろう。
仕方ないと言い聞かせても、柢王の立場を理解できてもやはり魂のどこかで空ろな霧が経ちこめ、気力を奪っていく。
今夜は人間界で伝えられる「七夕」にあたる。
おり姫星とひこ星の逸話を、桂花は後漢の書物で読んだことがある。
天の川の岸辺に別れ、1年に一度しか逢瀬を許されない恋人の話。
桂花自身、それほど心に残る物語とは思わなかったのに、今夜は何故か追想を重ねてしまう。
柢王。
あの男が恋しいからか。
孤独な睡魔が桂花を抱える。
風が方角を変え、笛の音のようなか細い音楽を鳴らす。
扉が小さな軋みをあげた。
足音。
まさかと思いながらも、瞬時に身体は跳ね起きる。
「遅くなっちまったな、悪い」
桂花が目を凝らす隙も与えず、懐かしい腕が肘を支える。
「星が綺麗だぜ。見に行こうや」
何も言わせず強引に、柢王は桂花を引っ張りだした。
扉を開けると、満天の宝石が桂花の瞳に飛び込んできた。
「今夜は風が強いから、こんなに星が見えるんだろうな」
柢王は、桂花の腰に腕を廻して抱き寄せた。それが当たり前のことのように。
「それだけですか、吾に言いたいことは」
桂花は、できるだけ冷たく響くように、口調を意識した。
でも魂の響きは、すでに喜びを奏でていた。
柢王は星空を見上げたまま、口元を緩めた。
「もっと大切な・・・伝えたい言葉があるさ」
桂花はこの我侭で、自分勝手で、けれど誰よりも強くて暖かい、自分が選んだ男を見上げた。
柢王の唇が寄せられた。
天の川の下で、恋人達はひとつに溶け合った。