投稿(妄想)小説の部屋

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No.270 (2001/06/21 01:54) 投稿者:じたん

PINK SYANNPANN NIGHT

「鷲尾さん?」
 玄関のノブが回ったような気がして、絹一は振り向いた。
 けれどそれはやっぱり気のせいで。
 もう何度目かもわからないため息をつく。
 こんなふうに鷲尾の部屋で彼を待つのが絹一は好きだった。
 居心地のいい部屋。穏やかな空間。かすかに残る鷲尾の・・香り。
 実を言えば、自分の部屋よりほっとできるのだ。
 鷲尾には内緒だが。
 今日は帰りがけになんとなく目についた花を買ってみた。
 あまり詳しくは知らないが、とても珍しい種類だという。
 ブラックティと呼ばれるとおり、黒に近い不思議な色合い。
 紅茶に例えるなら、さしずめアールグレイといったところか。
 大人の女性が好みそうなその花は、なんとなく鷲尾を連想させた。
「鷲尾さん、気に入ってくれるかな。」
 なんとなく、笑われてしまうような予感もしている。
 それとも、女のようだと呆れるだろうか?
 テーブルに飾られたバラをぼんやり見つめていたその時。
 鍵の差し込まれる音がした。
「鷲尾さん。」
 駆け寄るように、玄関へと向かう。
「遅くなってわるかったな。」
「いいえ。・・・おかえりなさい」
 自分を見上げながら自然にそう言った絹一を鷲尾がじっと見つめる。
「鷲尾さん?」
「いや・・・。ただいま。」
 なんとなく、くすぐったそうにそう返すと鷲尾はシャンパンを差し出した。
「どうしたんです? これ。」
「本庄の奴が寄越したんだ。・・・部屋で待ってる恋人と飲めとさ。」
 恋人というフレ−ズに、絹一の顔が赤くなる。
 自分達の関係を、言葉ではっきりと捉えた事は無かった。
 でもお互いの身体に唇で、掌で触れ合うこの関係は・・恋人に限りなくちかいようにも感じられる。
 黙ってしまった絹一を、鷲尾はじっと見つめていた。
「・・・風呂には入ったのか?」
 鷲尾は背をかがめて健一の髪に顔を近つけた。そのまま洗い髪の中に唇を埋める。
 今の絹一の香りは自分と同じものだ。
 それだけでシャワ-を浴びた事はわかるのに、鷲尾は唇をそのまま襟足まで滑らせた。
「・・鷲・・尾さん」
「ちゃんと湯に浸かったか?」
 絹一の手からシャンパンを取り上げてテ−ブルに置く。
 そこに飾られている花を横目に見ながら鷲尾は絹一を抱き寄せた。
「きれいな花だな。・・・バラか?」
「帰りに・・・買ったんです。あなたにと思って。」
「俺に?」
 自分の胸で肯いた絹一に、そうか、と穏やかな声が降る。
「・・・ありがとう。」
 絹一のこめかみに唇で触れる。そのままゆっくりと顔の輪郭をなぞると微かに開いていた唇にそっと重ねた。
 少しずつ深くなっていくそれは終わりがないように絹一には感じられた。
「・・・っ・・鷲尾さ・・っ」
 鷲尾の身体からたたようトワレの香りが、絹一の思考を狂わせる。
 いつもは、こうなる前に鷲尾は必ずシャワ-を浴びていた。
 自分の身体についた女の痕跡を消してから・・・絹一を抱くのだ。
 でも、今日は少し違った。
 何だか・・・それすらも待てないような感じだ。
 力の抜けた絹一を少々乱暴に抱き上げると、鷲尾は寝室に入っていった。

 シャワ-で汗を流したあと、鷲尾はキッチンに入ると食器棚からシャンパングラスを2つ取り出した。
 完全に意識を手放した絹一は、まだ当分起きないだろう。
 シャンパンとグラスを冷蔵庫の中に入れると、絹一の眠る寝室に戻る。
 今夜の自分が少しおかしいのはわかっていた。
 女の匂いをつけたまま絹一を抱いたのは初めてだった。
 彼に手加減が出来なかったのも・・・。
 先程まで甘い声を上げていた唇をそっと指で辿ってみる。
 それだけで、自分の中の熱が煽られていくようだ。
 恋人などという甘い単語を口にしたせいだろうか。
 それとも、いつもと違う絹一を知ってしまったからだろうか。
 ベッドで眠る彼の存在が鷲尾には妙に甘かった。
 そう・・・まるでPINK SYANNPANN のように。


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