心と体
うっすらと残り香のある枕に顔を沈め、桂花は呟いた。
「柢…王…」
吐息まじりのその声に応える主はいない。
いつ戻ってもいいように整えられた部屋は、使われることなく一年を過ぎようとしていた。
「何処で何をしているんだか…」
不安をかき消すために吐いた言葉が、逆に不安を呼び起こしてしまう。
「柢王に限って…」
風を操ることのできる柢王、そして、その風の動きを敏感に読み取れる自分。
でも今は、風を読み取るのではなく、風そのものになり柢王の元へ行けたら、どんなに心が安らぐか…。
自分の肉体の存在すら辛く思える。
「吾のこの体から、心だけを柢王の元に…もし、守天殿にそれができるのであれば、この体など…」
その時、ふわりと風が動いた。
桂花はあわてて顔をあげる。その刹那、桂花の視界が涙で霞んだ。
「よっ! 桂花。何泣いてんだか」
「…今まで何処で、何を…」
それだけを声にするのが精一杯で、あとは、柢王を見つめるだけ。
「おまえ、ティアになに頼むつもりだった?」
いつになく真剣な眼差しを向けた柢王が乱暴に桂花の肩を掴んだ。
「…柢王!?」
「そんなこと俺が許さない!」
いつから柢王はこの部屋にいたのだろう。
わずかな風の変化にすら気づかぬ自分ではないはず。
それほどに心が柢王を求め、病んでいたのだろうか。
「体がなきゃ、つまんないだろう。なっ! 桂花」
桂花を胸に引き寄せ、柢王は悪戯っぽく囁く。いつもの彼らしく。
「吾が真剣に心配してるのに、あなたときたら…。いつになったら大人のムードを漂わすことができるんだか!」
呆れ顔で柢王を見上げる桂花だったが、その瞳は安らぎに満ちていた。