カケヒキ
「どうぞ。私からのサービスです。」
頼んでないはずのグラスが目の前に置かれる。
こんな事は今までにも何度かあったし、珍しいことでもなかった。
しかし、フリーのホストとして働いて3年。そのような視線には敏感になっていたのだが、今日はまったく感じなかった。
又、妹からの紹介で知ったこの店の客は皆若い。
問いただそうと顔をあげた鷲尾へのバーテンの答え。
歳は鷲尾と同じくらいだろう。鷲尾とは違った色気が漂っている男。
「それって、俺くどかれてるの?」
男に声をかけられるのも初めてではなかったし、新宿で店ホストをしていた時には、このような誘いは頻繁にあった。
しかし、そのバーテンは微笑んだだけで違う客のほうへ行ってしまった。
何が目的だったのか。つかみどころのない男に興味がわいた。
しかし、客と笑って話をしている男を鷲尾は目で追っていたが、あからさまな視線にも気付いていない振りをして、無視してくれる。
ふと時計をみると、そんな事をし続けて1時間が経つことに気付き苦笑がもれた。
帰ろうかと立ちかけたとき、
「もう帰られるんですか?」
今さらのセリフ。
「相手をしてもらえないようなんで帰ります。」
ちょっと嫌味の入った鷲尾の返事に、彼はイミありげな視線を向ける。
「そっれって、くどいてくれてるんですか?」
会計時にもっらた名詞には支配人という肩書きが載っていた。
「一樹・フレモントか……。」
鷲尾の顔に浮かんだ微笑みは誰にも見られる事がなかっただろう。