シノブ王子の冒険
世界の南の方にある花の楽園、スィート王国。
争いを好まず、平和を愛するこの国の人々は、しかし今や重大な危機に直面していた。
「さぁ、俺の花嫁はどこだ?」
何百人という兵士を引き連れてやって来たその男は、争いと略奪を好む、ナイト帝国の国王だ。
「…私に娘などいない。」
剣を突きつけられながらも、スィート王国の国王は冷静な声で言った。
「ああ、そうだったな。じゃあ改めて聞こう。…俺の花婿はどこにいる?」
不敵な笑みを浮かべるその男、サクラバ帝王に、スィート王国の、コウキ王はその秀麗な顔をゆがめた。
「バカな…。シノブはまだ十六歳なんだぞ?!」
「ふん、そんなこたぁ問題じゃねぇよ。要は俺がどうしたいかだ。」
「…なんて身勝手な!!」
「お褒めの言葉をありがとう。」
話の噛み合わない二人は、お互いににらみ合った。
王国はすでにナイト帝国に征服されていた。
「あんたと話していると、らちがあかない。シノブは勝手にもらっていくぜ。」
拒絶するコウキ王を部下に押さえつけさせ、サクラバ帝王は寝殿へ向かった。
その頃、スィート王国のシノブ王子は城から少し離れた森の中で、毎日の日課である散歩をしていた。
彼は人にかしずかれるのがあまり好きではなかったので、いつもこうして息抜きをしていた。
もちろん父親には内緒だ。
心配性な彼は、必ず従者をつけるだろうから。
「なんか、遠くに来すぎちゃったみたい…。城はどの方角だろう?」
実は、シノブ王子は結構方向オンチだった。
ちょっと迷いながらも、ようやく森の出口が見えた。
ほっと安堵したシノブ王子は、しかし前方から聞こえてくる声に思わず足をとめ、茂みに隠れた。
「…で、王子は見つかったのか?」
「いえ…。城にはいないもようです。あと調べていないのはこの森の中だけです。」
「んじゃ、いっちょウサギ狩りならぬ、王子狩りでもするか♪」
楽しそうに話す声には聞き覚えがある。
(まさか…。)
「よーし、兵の三分の一をここに集めろ。残りの半分は国に戻ってこの朗報を伝えるんだ。ああ、それと王子を見つけたらすぐに式をあげるから、その準備も忘れるんじゃねぇぞ!」
(!?)
一瞬で状況を理解したシノブ王子は、驚きのあまり声をあげそうになった。
(ど、どうしよう…。)
シノブ王子はちょっと迷ったあと、再び森の奥へと踵を返した。とにかく、今の自分には逃げるしかなかった。
国も、父王も気がかりだったが、自分一人の力ではどうにもならないと、わかっていた。
(父上、国のみんな、ごめんなさい…。でも必ず戻ってくる。そして国を、みんなを取り戻す! だから、どうかそれまで無事でいて…。)
シノブ王子は後ろを決して振り返らず、ひたすら走り続けた…。
―――かくして、シノブ王子の冒険は始まった。