投稿(妄想)小説の部屋

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No.235 (2001/04/16 16:59) 投稿者:Shoko

日本昔話(?):亀の恩返し

 あるところに、遊び人 の健さんという人が住んでいました。
 健さんは日々、娘さんたちからの貢ぎ物や賭場で荒稼ぎをして暮らしておりました。
 そんなある日のこと。
 賭場へ向かう途中の沼地でうごめく物体を見つけたのです。
 なんだろうと思って健さんは近づいて行きました。

 なんとそこには猟師たちが仕掛けた罠にかかった万年も生きたかと思われる大きな亀がいたのです。
 健さんの気配を感じ取り、亀は首をぐいっともたげて健さんを見ると目からぽろぽろと涙を流しました。

「痛てぇか? そりゃ痛てぇよな…。待ってろ、今助けてやる」
 健さんは優しく亀の頭を撫でてやると罠を外しにかかりました。
 鋭く尖った牙のような刃は亀の足にしっかりと食い付いています。
 そこからはだらだらと血が流れていました。

 なんの道具も持っていない健さんは素手で罠を外そうとします。
 鋭い刃は健さんの手をも傷つけ、赤い血を流させたのです。
 それをみた亀は鼻先で健さんの身体をぐいぐいとあちらの方へと押します。
 その様子はまるで「もういいから」と言っているようでした。

「大丈夫だ、このくらい。もう少しで取れるから待ってな」
 健さんは手の痛みを堪えて力を入れてぐいっと罠を開き、亀の足を抜いてやりました。
 持っていた手ぬぐいで足を縛り、手当をしてやります。
 手当が終わっても亀は池に戻ろうとはしません。
 首を健さんの顔近くまで持っていって、じっと見つめています。

「ほら…。もう帰んな。二度と罠なんかにとっ捕まるんじゃねーぞ」
 じゃあな、と健さんは亀の甲羅を軽く撫でると、賭場へと向かいました。
 その後ろ姿を亀はずっとずっと見送っていました。

 それから数日後の深夜未明。
 健さんの家をノックする音がします。
 不信に思った健さんは覗き穴から外の様子を窺います。
 そこには可愛らしい男の子が立っていたのです。

 健さんは扉を開けてやりました。
「しばらくここにおいてくれませんか」
 男の子は慎吾となのり、健さんにそう頼みました。
 家のこともなんでもするから、とそう言われたので、まぁいいかと思って健さんは慎吾くんを家に置くことにしたのです。

 毎日毎日慎吾くんはよく働き、よく笑いました。
 その姿を見ているうちに健さんはだんだんと慎吾くんのことが愛しく思えてきたのです。
 そして二人は祝言こそ上げませんでしたが、夫婦となったのです。
 ところがそんな幸せな時間もそう長くは続きませんでした。
 きっかけはほんの些細なことでした。
 お風呂上がりの慎吾くんの足に傷があるのを健さんが見つけたのです。

「おい、シン。この傷、なんだ? えらく鋭い刃物のあとじゃねぇか?」
「…誤って罠に足を突っ込んじゃったんだ。痛かったよ。でも、助けてくれた人が…いたから」
 慎吾くんはためらいがちに言いました。
 無事で良かったと喜べる話なのに、健さんの胸には引っ掛かるものがなにやら残ったのです。

 そしてもう一つ。
 夜もふけ、辺りが寝静まったころを見計らって、慎吾くんは健さんの腕の中から抜け出し
どこかへ行っては、夜明け前に戻って来て、再び健さんの側で眠るということが何度か続いたのです。

 朝になって昨日の夜どこかへ行ったか、と聞いても笑って行っていないと答えるだけでした。
 実際、誰かと会っている様子もありませんし、泥がついていたりすることもないのです。

 健さんは夜中に眠ったフリをすることにしました。
 後をつけてやろうというのです。
 慎吾くんは今夜も健さんが眠ったのを確認するとそっと布団の中から這い出し、物音を立てないように静かに外へと向かったのでした。

 扉が締まった音を聞いてからむくりと健さんは起き上がり、慎吾くんの後を追いました。
どうやら、家の裏手にいるようです。
 物音を立てずにそーっと健さんは近づきました。

 物干には先ほどまで慎吾くんが着ていた着物がかけてあります。
 何をしているのだろう、とそっと健さんが家の裏手を覗いてみると…。
 なんとそこには、漬け物樽に乗っかった亀がいたのです。
 亀の足には手ぬぐいが結ばれていました。
 健さんが助けたあの亀のようです。

「おまえ…、なんでこんなとこに…? シンはどこ行った??」
 健さんはイマイチ状況が把握できません。
 それもそうです。慎吾くんがいなくなって亀が現われたのです。
 だれもがどういうことだと思うでしょう。
 健さんの声に亀はびくりと首をこちらに向けました。
 大きなつぶらな瞳が健さんを見つめています。

「もしかして…シン…か??」
 亀に近づきながら健さんは言いました。
 亀は涙をぽろぽろと流しながら漬け物樽の上から飛び下り、池へ向かって脱兎のごとく逃げ出しました。
 が、亀です。
 亀の歩みは遅かったのです。

「待てっ。待てってのっ!!」
 あっという間に健さんに追い付かれ甲羅を押さえられました。
 逃げられないように、健さんが亀を抱えます。
「シンだろ? なんで亀のお前が人間に…いや人間のお前が亀に、なのかわかんねーけど、なーんも言わずに姿消すってのは卑怯だろ。とにかく、一度家に戻れ」
 健さんはばたばたと足をばたつかせている慎吾くんと思われる亀を担いで家に戻りました。

 亀は健さんの目に射すくめられたかのように身動き一つせずに大人しくしていました。
「おい、シン。俺りゃ、いくら何でも亀とは話はできねぇぞ。人間になれるんだろ?」
 その言葉に亀はゆっくりと頷きました。
 辺り一面にまばゆい光が広がり、部屋を照らします。
 光の中に亀が人間に変わって行く様がおぼろげに見えていました。
 それはなんとも不思議な光景でした。

 光がだんだんと消え、そこには亀の姿もなく、慎吾くんが俯いて立っていました。
「さて、説明してもらおーか」
 健さんは慎吾くんを招き寄せてそう言いました。

「俺は何千年も生きてる亀です。久しぶりに出た外で罠にかかってしまって、身動きがとれなくなったところを健さんに助けてもらったんです。俺は恩返しがしたかったんです。自分の手を傷つけても俺を助けてくれた健さんに恩返しがしたかったんです」

 慎吾くんの目からは綺麗な涙がこぼれ落ちています。
 その涙を見ながら健さんは、あの時の亀もこんな綺麗な涙を流していたな、と思い出していました。
 涙を流し続ける慎吾くんの頬に手をやって、ついっと涙を拭ってあげました。
「恩返しはわかった。で、なんで俺を見たとたん、逃げ出したんだ?」

 けしてきつい言い方ではありませんでしたが、嘘は許さないという強い意思が込められていました。
 慎吾くんは正直に言うことにしました。
「俺の正体がバレたら池に帰らなくちゃいけないんだ」
「なんで」
 すぐさま健さんは聞きます。
「なんでって…そういう決まりなんだ。それに気持ち悪いでしょ? 俺、正体は亀なんだよ??」
 健さんの顔を涙で潤んだ目で見つめます。
「別に気持ち悪かねぇよ。亀のお前も人間のお前も俺は大事だ」
「健さん…」
 慎吾くんの目からは涙が再びこぼれました。
 今度はうれし涙です。
「そんな訳のわかんねー決まりのためにお前を池なんかに帰してたまっかよ。つまりだ、俺がお前の正体を知らなきゃいいわけだろ?」
 健さんは慎吾くんの涙を袖でぐいぐいっと拭きながら慎吾くんに聞きました。
「そ、そりゃ、そうですけど…でも健さんはもう…」
「よしっわかった」
 健さんは慎吾くんの言葉を遮るように大きな声で言いました。
「俺は何も見てない。お前の正体なんてのは知らない。俺は朝まで布団で寝てたってことにする」
「…ことにするって…健さん!!」
「なんだよ、ウソ発見器にでもかけられるってのか? 機械のひとつやふたつ騙くらかしてやるって」
 まかせとけ、と慎吾くんの大好きな目の消えちゃう笑顔で健さんは笑っています。
 その顔を見ていると不可能ではないような気がしてきました。
「正体見られたってのは自己申請なんだろ? んじゃ見られてないことにして、ここにいりゃいーじゃねぇか。どんな恩返しなのか知らねーけど、お前がここにいることが俺にとっては恩返しになるんだ」
 と健さんは慎吾くんを抱き締めて、耳もとで囁きました。
 その言葉を聞いて慎吾くんは健さんの背中に腕を回してぎゅっと抱きつきました。
 健さんには見えませんでしたが、慎吾くんはひまわりのような笑顔で笑っていました。
「ただ、亀と一緒に寝るのは勘弁な」
 苦笑しながら健さんが言ったその言葉に慎吾くんはこくんと頷きました。

 結局、慎吾くんは健さんの言う通り、正体を見られなかったことにして、ずっとずっと健さんの側にいることにしました。
 そして二人は仲むつまじく暮らしたということです。

 後日談。

「なぁなぁ、亀の恩返しって結局なんなんだ??」
「お漬け物です」
「漬け物〜〜〜???」
「あっ、今バカにしたでしょ! 亀がつけた漬け物は、すごく美味しくて薬にもなるんだからっ!!」
「薬ってなんの」
「滋養強壮にも良く効くし、胃痛胃もたれにも良く効くしっ、毎日食べてれば、風邪だって引かないしっ!!」
「……。やっぱ、恩返しは、シンがいーや、俺」

 ちなみになぜ、健さんは亀の慎吾くんと一緒に寝るのが嫌なのかと言うと…。
「んなもん、決まってっだろ。抱いて寝るのは柔らかくって暖かいほうがいいからな〜」
 と慎吾くん(人間バージョン)を抱き締める健さんでした。

(おしまい)


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