投稿(妄想)小説の部屋

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No.226 (2001/04/08 21:42) 投稿者:在り処

イタイ夜

 錯乱状態は これが初めてではなかった。
 どんなに強く抱きとめたとしても、その細い腕で必死になって逃れようとする。
 自分のほうが力は上だというのはわかっている。ちょっと本気になれば、その全ての動きを止めるのは容易い。
 だが、腕の中の彼は あまりに細く、身体だけではなく、心までもが 弱く、もろいときている。
 ほんの少し手前で手加減をしてしまうのは、自分ではどうしようもできない無意識のものになっていた。

「だから、なんで理由を言わない? 何がいやだ? はっきりと言ってくれなければわからない!」
 つきあいが長くなると、言葉はいらない・・・という理想の図があるが、今の自分たちにそれはまだ無理だ。
 絹一と知り合ってから日数ばかりが増えていくが、まだまだ 初めの頃のまま、距離は一向に縮まらない。
「・・・っ・・・、」
 一筋の涙が 顎を捉えていた自分の指に触れる。声をたてないそれは 哀しさと辛さを色濃くしていた。
「いつもいつも・・・、相手が外人ばかりというわけではなかった・・・」
 聞こえるか、聞こえないかの 小さな告白が その場の気温を一気に下げた気がした。
「今日は・・・だから、嫌なんだ・・・、外人との悪夢から逃げたくて、日本人を求めてるわけぢゃないから・・・」
 頭にカッと血がのぼる、とは こういうことなのかもしれない。
 いつも傷つけまいとして、言葉選びをしてしまう「営業」の自分が 一気に消えうせた。
「・・・そんなのは理由にならない・・・」
 本当なら ここで押し倒すくらいのことはしてやりたかった。が、それだけは 必死になって自分の理性で押さえる。
 泣いて嫌がる絹一に無理を強いたとしたら、俺は彼の「大切な隣人」ではなくなってしまう。
 それを 絹一は望んでいない。望んでいないことをしてはいけない。
 わかっていた、無理に距離を縮めようと歩み寄るたび、絹一が逃れようと 一歩ずつ退いていたのを。
 彼を 心の底まで追い詰めるほどに歩み寄ることなどはしない。折れてやるのも 「情」表現の一つだ。
「・・・わかったから、いつまでも泣いていないでくれ・・・」
 逃れたいものがあるくせに、今夜は俺の腕はいらない・・・と はっきりそう言われた。
「何もしない、触れることもしない。ただ・・・頼むから 隣にだけはいさせてくれ」
 絹一のために・・・と思いつつも、よく眠っているかを近くで確認しなければ自分自身よく眠れないのだと苦笑気味に 自分の心の中だけで 呟いた。
 嫌な夢を見て夜中に目を覚ましても 隣に「誰か」の気配があれば 現実を見てくれるはずだ。
 一人きりで 夢と現実を混乱させるよりは まだマシだ、それが 俺の考えだ。
 あのとき・・・、熱にうなされ、それまでの不眠症も重なり 倒れた絹一が 俺を信用できていないままでも俺のもとに来て、安堵の表情を見せたあのとき・・・
「誰でもいいなら、俺にしておけ。」
 そう言ったのは俺だ、そのことに 悔いはない。
 いつもは 自分で課したこと、固く決めたことが揺るぐことはない。なのに、今夜は・・・

「外人との悪夢から逃げたくて、日本人を求めてるわけぢゃないから・・・」
 それぞれ背を向けた格好で 一つのベットに寝転がっている。
 絹一の寝息を確認するまで眠れなくなったというだけではない、眠れなくさせている一撃が俺を崩れさせていた。
 時間をかけて、まずは信頼を得なければ絹一は俺の手を取ってくれないのだ。その考えは間違っていないはずだ。
 間違っていない、間違っていないはずなのに・・・無駄なことをしているのではないか?
 打ち消しても、打ち消しても消えない不安が 次々と涌いてくる。
 絹一をいつまでも捕らえて離さない「外人との悪夢」からこの腕で救い出してやったことが何度もある、と思っている。
 外人特有の臭いに耐えかねて、日本人のほうがいい・・・最中だけでも忘れていられるから、と その理由で誘われ何度か抱いてやったことがある。
 初めは確かに「日本人なら誰でもいい」、そんな理由で たまたま俺を選んだのだとしても。
 ではなぜ、その後の俺たちがあるんだ? 日本人なら誰でもいい、それなら 他のホストでも選べばいい。
 それをしない絹一に、他ではなく、俺を求めてくれる彼に かすかな期待を持ってしまう自分がみじめになる。
 ホストで、店に出ているとき 同じようなことがあった気がする。
 最初に担当した人が 良くもなく悪くもなければ、そのまま何とはなく「自分をわかってくれている気がする」だの「居心地がいいから」だのと、その後も担当を変えずにその人を指名する・・・まさしくそれなのだろうか。

「相手が外人ばかりというわけではなかった・・・」
 誰も彼もが外人だと信じきっていたわけではないが、時々見せる錯乱状態に英語や外国語が飛び出すことで痛い目に、辛い目に遭わされたのは 外人ばかりだったのか、と思い込んでいたところはあった。
「俺以外の日本人・・・だと・・・なあ、絹一?」
 溜め息混じりに つい言葉が漏れてしまう。
 声を聞かれたか、というような不安はない。
 頑なに背を向けて神経を張り詰めていた彼から 先ほどから静かな寝息がかすかに聞こえていたからだ。
 一定のリズムを刻むように聞こえてくるそれに包まれると、少し思考回路が落ち着いてくる。
「誰でもいいなら、俺にしておけ・・・まったくだ」
 他の日本人が 絹一を抱いていたことが 相当なショックだったのだろうか・・・と苦笑いが生まれる。
 嫉妬、束縛欲・・・それを「プロ」として、いや「大人として」 というべきか・・・俺は自分のなかに飲み込む。
 時間をかける、そう決めてたのだ。それは覆す気のない決意、俺が俺自身に課したもの。
 いつか、・・・嫉妬に狂い 自分を押さえきれなくなったとき「俺以外の日本人」を問い詰めてしまうのだろうか、いささか不安も生まれたが その思考はしばらくして途絶えた。
 気持ち良さそうな、いい夢でも見ているかのような絹一の寝息が心地よい安堵を与えてくれるおかげでしばらくして俺も真っ白な夢の中へと意識が沈んでいったのだった・・・。


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