投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.214 (2001/03/14 09:26) 投稿者:皐月

ふたりのかたち(前)

 14日の午後は、ギルバートがくれた無理やりの休暇だった。
 彼は今も絹一と鷲尾のことを気にかけていて、各イベントの数日後はいつも、絹一は鷲尾と一緒に過ごせたかと聞かれていた。
 ギルは、少し付き合えばすぐに分かるが、ワイルドな見かけによらずロマンティックな人間なのだ。
 大切な日や世が浮き立つクリスマスなどは、恋人たちは愛を囁き合うものと思っている。
 そんな彼のこと、クリスマスもバレンタインも一緒ではなかったと分かると、ならホワイトデーこそはと、絹一に休暇を与えようとした。
 ふたりを気遣う以外にも、休めと言わなければずっと仕事をしていそうな絹一に、ギルは心から休息を取って欲しかった。
 突然の申し出、ギルの気持ちはよく分かっていたし嬉しくもあったが、もちろん絹一は断わった。
 ホワイトデーくらいで、というよりそれがどんなに大切な日であっても、仕事をおろそかにしてまで恋人といたいと思ったことはない。一緒にいたい気持ちはあっても、それを出していいのは仕事の後だ。公私混同する人間が、過去の自分を含め絹一は嫌いだった。
 それに絹一が休暇を取ったからといって、鷲尾までが休めるとは限らない。ホワイトデーはもう明後日なのだ。鷲尾の仕事は急なキャンセルでもなければ、数日先まで予定が埋まっている。
 しかし絹一がどんな言い訳を持ち出して断わっても、ギルは譲らなかった。
 普段からあまり一緒に過ごすことのない絹一と鷲尾を、彼は彼なりに心配している。そういう関係がふたりにとってベストだと分かっていても、絹一の疲れた顔を見るたび、口を出さずにはいられなかった。
 数分の口論ののち、結局絹一はギルに根負けして、14日、鷲尾の予定が空いていたら、という条件つきで休暇を取ることにした。
 そしてその日は仕事が終わった後すぐ、絹一はギルに連れられ、鷲尾の部屋を訪れた。
 鷲尾は自宅の電話は取らないため、絹一はその日鷲尾に14日の予定を聞き、ギルには明日その結果を伝えようと思ったのだが、自分のいないところで絹一に嘘をつかれてはならないと、ギルは一緒に鷲尾を訪ねると言ったのだった。
 駐車場に車があることを確認してから、二人は鷲尾の部屋に向かった。
 少し驚いた顔の鷲尾にギルは勢いよく、絹一に休暇をとらせたいのだと解り易いのかわかり難いのか解らない説明をし、14日の予定を聞いた。
 ギルに気圧されながらの鷲尾は、14日は、3時過ぎなら空いているという。
 それを聞いたギルは、満面の笑みで絹一に休暇を差し出した。

 クリスマスもバレンタインも、仕事が忙しくてプレゼントを渡しに行く余裕すらなかった。
 クリスマスは2日後に、散々悩んで選んだプレゼントを贈った。デパートの店員に辟易しながら選んだのは、触ると柔らかな光を放つタッチタイプのナイトスタンドだった。水晶と聞いて想像する程度のあまり大きくない球状のそれは、派手すぎない装飾が、鷲尾のベッドルームのイメージにぴったりだった。少しだけ悩んだのは、その光がどう考えても「寝室用」だということだった。寝室に置くものを贈るのは、下手をすると束縛に繋がる。そういうどろどろしたものに抵抗を感じ、自分たちふたりの間に持ち込みたくないと思いながら、いくつも店を回ってきた中ではこれがいちばんだったので、思い切ってそれを購入したのだ。
 もちろんその夜は鷲尾にからかわれながら、自分の贈った光に包まれることとなった。
 鷲尾からのプレゼントは、ブルームーンストーンのタイピンとカフスボタンのセットだった。淡いブルーは色の白い絹一によく似合ったし、ひかえめな石は仕事の時につけていてもおかしくないものだ。
 バレンタインは翌日、互いにチョコレートを。
 同時に取り出したチョコレートを見て笑い、視線を上げ瞳を合わせて笑い…。
 女性だらけの売り場でチョコレートを買う互いの姿を想像しながら、鷲尾はコーヒー、絹一は紅茶で乾杯した。
 丁寧に包みを開けた絹一の手から、自分の贈ったチョコレートを奪い小さく割った鷲尾は、そのかけらを絹一の目の前に差し出した。目顔で口を開けろと言っているのが分かる。
 一瞬躊躇した口元はすぐに笑みに変わり、絹一は小さく口を開けた。
 甘い香りが口の中に広がる。絹一の好きな、甘みの少ない甘さだった。
 口の中のチョコレートがなくなると、絹一はじっと自分を見ていた鷲尾の手から同じようにチョコレートを奪って割り、小さなかけらを鷲尾の唇に軽く押し当てた。口を開けてと言うよりも、ずっと誤解を招くような仕草だ。それでも相手が鷲尾なら、静かで近い恋人の雰囲気になる。
 ふたりの間には、いつもそんな空気がある。

 13日、ギルには内緒で、絹一は翌日の分の仕事を家に持って帰った。
 昨日、鷲尾の予定を確認したあと、もちろんギルは14日丸一日の休みを絹一に与えようとしたが、絹一は鷲尾が空くのは3時過ぎなのだからと、午後だけの休暇を申し出た。プレゼントだけでなく休みすら受け取ろうとしない絹一にギルは呆れ顔だったが、やはり仕事を滞らせるのも周りに負担をかけるのも絹一はいやだった。
 予想通り渋ったギルに絹一は、あなたのわがままを聞くんだから俺のわがままも少しは聞いて下さいと、困ったような笑みとともに言い渡した。多少煙に巻くようないい訳だったが、笑顔の効果は計算済みだった。
 そうして、絹一の休暇は14日の午後となった。
 無理やり勧められた休みを無理やり半日に縮めたので、仕事を家に持ち帰ることなどギルには内緒なのだ。
 休む予定の分を持ち帰ってまでやるのだから、絹一の負担はどう考えても休みを取った方が大きい。
 明日オフィスに行ったらバレるかもしれないが、その時はその時。やってしまえばこっちのものだ。
 そんなに大変な仕事ではないのだ。早目に始めれば日付が変わる頃には終わるはずだった。
 しかし、あれこれ考えながら仕事を進めていたため、思っていた以上に時間がかかってしまった。
 ギルとともに鷲尾を訪問した日、夜になってから絹一はもう一度鷲尾の部屋を訪ねていた。14日の休暇が、午後からということを伝えるためだった。
「お昼に仕事は終わりますから」
「俺の方は3時過ぎだな」
 二言三言の短い会話で、もう14日は一緒に過ごすということは決まりだった。それからしばらく他愛ない話をし、絹一は暇を告げた。
 鷲尾は、クライアントと会ったあとで次に予定がある時は必ずシャワーを浴びる。3時まで仕事でそのあと家に帰ってシャワーを浴びて…。だから会えるのは4時近くになるはずだった。
 ゆっくり会えるのは10日ぶりくらいだろうか。そんなに間隔があいているわけではないが、暖かい腕が懐かしかった。
 仕事を片付けながら考えるのは鷲尾のことばかりで、そのせいで仕事がなかなか進まなかった。
 結局、目標まで辿り着いたのは14日の朝4時だった。

 ピンポーン…。
 シャワーでも浴びているのかと10分ほど待った鷲尾は、もう一度チャイムを押した。
 一度目の応答はなく、二度目の今も扉の向こうに人の気配はない。
 今はもう3時近い。絹一はとっくに仕事から帰っているはずだった。
「……?」
 鷲尾は合鍵を取り出しドアを開けると、ためらいなく中に入った。やはり絹一の気配はない。
 部屋も冷えていて、暖房を消したのも随分前だと分かる。
 仕事が抜けられないのだろうか。しかしギルバートがいる。彼がいれば絹一の休暇は絶対だ。それとも鷲尾に合わせて3時過ぎに帰ってくるのだろうか。
 とりあえず、鷲尾は部屋の中で待つことにした。

 鷲尾には今日、クライアントがいたわけではなかった。絹一へのホワイトデーのプレゼントにと思っていたものがあったのだが、仕事にかまけてギリギリまで注文を延ばしていたせいで、できあがるのが14日当日の2時過ぎとなってしまった。
 絹一には仕事があるだろうし、それでも十分間に合うはずだった。
 しかし12日の突然の訪問で、絹一に休みが取れるらしいと分かり、3時過ぎならととっさに嘘をついたのだった。絹一を連れて取りに行くこともできたが、それではつまらない。やはりプレゼントはなんの苦労もなく、手のひらから取り出したのだというようにさりげなく渡したい。だから鷲尾のプレゼントは、たいてい手のひらサイズの箱に入るようなものだった。大きなものは、ワインや花束くらいだ。

 15分経ち、30分が過ぎ…。時計の針はもう3時35分をさしている。
 絹一は帰ってこない。
 手持ち無沙汰に部屋を眺める。相変らずなにもない部屋だ。生活感もない。
 絹一らしいといえば絹一らしい部屋だが、あまりにもさみしい印象だ。
 14日は、3月半ばにしては、気温の低い日だった。暖房をつけていないせいもあるが、感じる寒さはそれ以上だ。
 寒い部屋にいると、何故か絹一の辛そうな顔ばかり思い出す。それは、意識のないまま過去と現在の自分を混同し、鷲尾の知らない誰かに許しを請う顔だったり拙く奉仕する顔だったり、ひとり水シャワーを浴びている顔だったり…。どれも正気を失った、涙に歪んだ顔ばかりだ。
「……ったく、もうちょっと世の中うまく渡れねぇもんかな…」
 なにもない部屋を見つめながら、小さく舌打ちする。
 信じられないほど不器用で世間知らずで、誇れるものがあるはずなのに、自分に自信をもてない絹一。
 守られるだけでなく自分の力で進もうとする気持ちは、端で見ていて痛々しいほどだ。
 しかし手を差し伸べてもきっと、それがどんなに優しい腕だと知っていても、絹一は鷲尾を振り払うだろう。
 それは、愛していないからとか信じていないからとかではなく…。
 それが絹一の愛し方だった。寄りかかるだけの関係は、絹一にとっては負担であり苦痛でもあった。
 鷲尾もそんな絹一を分かっているから、気づかれないように注意深く観察しながらも、余計な手出しはしない。
「さてと……」
 しばらく思いを馳せていた鷲尾だったが、こうしていても仕方がないと、とりあえず自分の部屋に戻ることにした。
 時刻はもう4時をまわっていた。


このお話の続きを読む | この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る