夢見る佳人
鷲尾は部屋に帰って、玄関の灯りをつけてから、絹一の靴があるのを見つけた。
(珍しいな・・・あいつが勝手に入ってくるなんて)
鷲尾が絹一の部屋の合鍵を持っているように、絹一にも自分の部屋の鍵を渡してある。だがそういうところは遠慮する性質の絹一は、今までその合鍵を使うことはなかった。
「絹一?」
リビングに入って呼んでも返事がない。
ライトをつけると、絹一がソファに丸くなって眠っていた。その前のテーブルには、小さな花束があった。
その様子に苦笑しつつ、鷲尾はベッドルームから毛布を取って、彼に掛けてやった。以前、絹一からもらった毛布だ。
だが、そっと掛けてやったところで、絹一は目を覚ましてしまった。
「起こしたか? 悪いな」
「鷲尾さん・・・!」
慌てて絹一が起き上がる。
「すみません、勝手に上がりこんで・・・」
「別にかまわないって。いつだって入っていいって言ってるだろ?」
鷲尾はスーツのジャケットを脱いでソファの背にかけた。
「どうした? 何か嫌なことでもあったのか?」
「そんなんじゃありません」
いつもいつも自分を甘やかしてくれる男を、絹一が座ったまま目で追う。すぐそばのジャケットからは、かすかな香水の匂い。女の・・・、鷲尾の仕事の、香り。
「その花は誰からもらったんだ? ギルか?」
そう訊きながらも、鷲尾は違うな、と思っていた。あの男が絹一に贈るには、少々落ち着きすぎている。
カフェオレ色の薔薇がほんの二輪。
「違いますよ。自分で買ったんです。・・・今日、鷲尾さんの誕生日でしょう?」
絹一の言葉は、鷲尾にとってひどく意外だった。
「それ、俺にか?」
「ええ」
絹一は僅かにうつむく。
「もっと実用的な、残るものを探したんですけど・・・いいのがなくて。これだったら、鷲尾さんの部屋にもあうかと・・・」
薔薇といえば女に贈るもの、赤かピンクか白の花束・・・そう思いがちな鷲尾には、その贈り物は新鮮だった。
「綺麗だな・・・。ありがとな、絹一」
鷲尾が花瓶を探しにキッチンに行くのに、絹一があとをついて行きながら言い訳をするように呟く。
「ドアノブに掛けておこうかと思ったんですけど、誰かに取られたら困るし、今日は暑いから部屋の中に置いておくのがいいと思って・・・、でも俺は、鷲尾さんが何時に帰るかわからなっかったから・・・。やっぱり誕生日の内に渡したかったから・・」
花瓶に薔薇をさしながら、つい鷲尾は笑ってしまう。まったく、絹一は、どこまで可愛らしいのだろう。
「晩メシは?」
「食べてきました」
「そうか」
絹一がリビングに戻って毛布を畳んでいる間に、鷲尾は着替えをすませた。
「そういえば、その毛布。おまえがくれたやつだぜ。覚えてるか?」
「ええ、もちろん。どうです? さわり心地、いいでしょう?」
「ああ」
そう言いながら、鷲尾は絹一の手からきれいに畳まれた毛布を取り上げて、ばさりと絹一の頭にかぶせた。
「試してみろよ。ほんと、いいさわり心地だぜ」
鷲尾は、素肌でな、と付け加えた。