一樹
「ん……」
全身が、気だるい甘さに包まれてる。
うすく目を開けると目の前には広い胸。
部屋はまだ薄暗かったから、軽く身じろぎして、俺はまた目をとじた。
「起きたのか」
頭の上から、声が降ってくる。
いつもより少し低い声。普段も低いけど、城堂さんの声は寝起きだとさらに低くなる。
返事をしようと思ったけど、声を出すのが面倒で、かわりに目の前の胸に頬を押しつける。
「甘ったれ」
また声が降ってくる。
ムッとしたけど、俺はこの人の前ではほんとに甘ったれだから、言い返せない。でも。
「あなたが…、甘やかすからですよ」
「そうか」
ふっと笑って答えて、城堂さんは俺の頭に手を伸ばしてくる。
この人とベッドで朝を迎えることは少ないけど、そういう朝、この人は必ず俺の髪に触れてくる。
頭を撫でて、髪を梳いてくれる。
その手があんまり優しいから、こんな時はいつも泣きたくなる。
でも、泣くとまたきっと甘ったれって笑うから、必死で我慢する。
我慢してても、この人はきっと気づいてるんだろうな。
………そうやって、穏やかな時間にいつまでも埋もれていたいけど、こんな時間はもうすぐ訪れなくなる。
城堂さんが死んだら、俺はどうなるかな。
城堂さんがいるから、俺は楽に息ができるのに。
いつもそうだ。考え出したら思考も涙も止まらなくなって、城堂さんの胸をぬらしてる。
しゃくりあげないようにするのが精一杯で、肩が震えるのなんて抑えられない。
「泣くな」
優しい声。俺の、大好きな声。
そんな声を聞いたら、なおさら涙が止まらなくなる。
優しくなんてしないで欲しかった。
ふいに、城堂さんの両手が脇に伸びてきて、俺の上半身は城堂さんの胸に引き上げられた。
左手は頭を、右手は腰をしっかりと抱いてる。俺の頭に、城堂さんのあごがこつんとぶつけられた。
こんな甘い空気の城堂さんは珍しくて、俺はぬれたままの顔を上げる。
穏やかな、静かな瞳とぶつかる。
「俺はどこにも行かねえよ。俺はおまえのもんだ、一樹」
そうだろ? ときつく抱きしめられる。
一瞬、何を言われたのかわからなくて、でもすぐに、甘い毒みたいに全身に染み込んでくる。
「もう少し眠れ。まだ5時だ」
城堂さんの胸にもたれて、城堂さんの鼓動を聞きながら、俺はまた浅い眠りの渕に落ちる。
この時間がいつまでも続くように、祈りながら。