投稿(妄想)小説の部屋

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No.87 (2000/08/08 11:29) 投稿者:皐月

一樹

「ん……」
 全身が、気だるい甘さに包まれてる。
 うすく目を開けると目の前には広い胸。
 部屋はまだ薄暗かったから、軽く身じろぎして、俺はまた目をとじた。
「起きたのか」
 頭の上から、声が降ってくる。
 いつもより少し低い声。普段も低いけど、城堂さんの声は寝起きだとさらに低くなる。
 返事をしようと思ったけど、声を出すのが面倒で、かわりに目の前の胸に頬を押しつける。
「甘ったれ」
 また声が降ってくる。
 ムッとしたけど、俺はこの人の前ではほんとに甘ったれだから、言い返せない。でも。
「あなたが…、甘やかすからですよ」
「そうか」
 ふっと笑って答えて、城堂さんは俺の頭に手を伸ばしてくる。
 この人とベッドで朝を迎えることは少ないけど、そういう朝、この人は必ず俺の髪に触れてくる。
 頭を撫でて、髪を梳いてくれる。
 その手があんまり優しいから、こんな時はいつも泣きたくなる。
 でも、泣くとまたきっと甘ったれって笑うから、必死で我慢する。
 我慢してても、この人はきっと気づいてるんだろうな。
 ………そうやって、穏やかな時間にいつまでも埋もれていたいけど、こんな時間はもうすぐ訪れなくなる。
 城堂さんが死んだら、俺はどうなるかな。
 城堂さんがいるから、俺は楽に息ができるのに。
 いつもそうだ。考え出したら思考も涙も止まらなくなって、城堂さんの胸をぬらしてる。
 しゃくりあげないようにするのが精一杯で、肩が震えるのなんて抑えられない。
「泣くな」
 優しい声。俺の、大好きな声。
 そんな声を聞いたら、なおさら涙が止まらなくなる。
 優しくなんてしないで欲しかった。
 ふいに、城堂さんの両手が脇に伸びてきて、俺の上半身は城堂さんの胸に引き上げられた。
 左手は頭を、右手は腰をしっかりと抱いてる。俺の頭に、城堂さんのあごがこつんとぶつけられた。 
 こんな甘い空気の城堂さんは珍しくて、俺はぬれたままの顔を上げる。
 穏やかな、静かな瞳とぶつかる。
「俺はどこにも行かねえよ。俺はおまえのもんだ、一樹」
 そうだろ? ときつく抱きしめられる。
 一瞬、何を言われたのかわからなくて、でもすぐに、甘い毒みたいに全身に染み込んでくる。
「もう少し眠れ。まだ5時だ」
 城堂さんの胸にもたれて、城堂さんの鼓動を聞きながら、俺はまた浅い眠りの渕に落ちる。
 この時間がいつまでも続くように、祈りながら。


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