華も嵐も〜参〜
「健さんっ! 健さんっ!!」
俺は精一杯の大声を出して健さんを呼んだ。
「どうしたっ! …貴奨さん。…お出かけじゃなかったんですか?」
健さんは貴奨の姿を認めて、一瞬躊躇したけど、にやりと顔に笑みを浮かべた。
「…何やら胸騒ぎがしてな。戻ってきてよかった」
俺の身体を抱きとめたまま、貴奨は冷ややかに言う。
「その腕、離してもらえません? そいつは俺のなんで」
健さんは右肩をスッと引くと、貴奨に向かってパンチをくり出した。
突然のことに、どんなことをしても弛まなかった貴奨の両腕の戒めが解ける。
その一瞬の隙に健さんが叫ぶ。
「シン、バイクが止めてあるから、走れッ!」
「うんッ」
健さんなら大丈夫だ。貴奨もけんかは強いけど、でもきっと健さんを止められない。
俺は、走った。俺が捕まってちゃ意味がないから。
月光に光るバイクの側で俺は健さんを待った。きっと来てくれる。俺を連れ出してくれるのはあの人なんだから。
健さん、健さん、健さん…っ!
健さんがなかなか来ないっていう不安に押しつぶされそうになって、しゃがんでしまいそうな自分を負けるなって叱咤して、砂利道の先を見つめる。
きっと来る。貴奨の腕を振りほどいて、きっと来る。大丈夫、健さんは負けたりしない。
じっと、俺は目を逸らさずに、見てた。そして。
木影が一瞬揺れて、健さんが姿を現わす。よかった、怪我とかしてないみたいだ。
「行こうぜ」
「貴奨は…?」
「お前の姿が消えてから、体中の力が抜けたみたいになっちまった。俺に、頼む…ってさ」
「俺のこと…?」
「他にねーだろが。あの人がお前のこと心配してんのはわかってた。でも、…止められなかった」
健さんは俺を抱き締めると、聞き取れないくらい小さな声で呟いた。
ごめん、貴奨。何度謝っても、許してもらえないと思う。でも、俺は後悔しないよ。
大丈夫。健さんと一緒だから。
だから、貴奨。安心して。
いつか、手紙を書くよ。幸せだって、手紙を書くよ。
貴奨は松にもたれて月を見上げていた。今夜の月は見事な満月で。
−止められなかった、か。
こうなることを怖がって、押さえつけたのが悪かったのか。
もう少し自由にさせてやれば、この腕の中から飛び立つことはなかったのか。
…もう、どちらでもいいことでは、あるけれど。
めずらしく、煙草を吸いながら、貴奨はぼんやりとそんなことを考えていた。
「芹沢? 何かあったのか? さっきの声は慎吾君と向井君だったような気がしたが?」
高槻が声をかける。一瞬高槻に視線をやるが、貴奨は返事もせずに、月を見上げている。
横にきて、同じように月を見上げる。ぽつりと貴奨が呟く。
「攫われたな」
「え?」
「一番、慈しんでいた華が、風にさらわれた」
「行った、のか」
そう言ったっきり、貴奨と高槻は並んで月を見上げていた。