かてないひと。
「ねー、風間さん。武道をかじったことのあるやつが、素人に勝てないってどういうことだと思う?」
休憩中、俺は風間さんに聞いてみた。
「・・・は? なんだ、いきなり」
「だからさ、腕力とかでは勝てなくても、ここをこうすれば自分よりデカイ相手を押さえ込めるっていうポイントを習ってるんだから、大抵の素人には勝てるもんじゃないのかなって」
「そりゃ、おまえ。相手によるだろー? 素人でも喧嘩慣れしたやつはいるし、武道の類やってなくても、なんかスポーツ複数やってるやつは動きも敏捷だし勘もいいもんだぜ?」
そっか。やっぱりそうなんだろうな。この場合、前者が健さんで、後者が貴奨ってことになるのか。
「なんだよ? なんかあったのか?」
そう訊いてくる声は明らかに面白がっていて、俺にとっては恥さらしな話だから言いたくなんかないんだけど、自分から話をふった以上、言わないのは失礼ってものだろう。
「俺が少林寺拳法とかカンフーとかかじってたのは言いましたよね。それがこないだ、貴奨に・・・」
何だったんだろう、あれは。
あの日、いつになく上機嫌で帰ってきた貴奨が、夕飯は外で食うかって誘ってくれて。一もニもなくOKして食べに行ったはいいんだけど、帰りはすっかり遅くなってしまったんだ。その店は近所だから歩いていったその帰りで、この界隈では初めて遭遇したチンピラに俺達はからまれた。
歩いてたのが薄暗い路地裏だったのも悪かったんだろう。人影がみえるな、と思った瞬間、俺達は6人くらいに囲まれていた。
「金、全部置いてけよ」
そう言ったリーダー格っぽい男が言った。ネズミみたいな顔だった。
どうしようかなと思って貴奨を見上げたら、やつは身を屈めて耳元でささやいた。
「慎吾。向井君用にって言ってたが、こういうときにも使え。俺はこういう輩ならどうなっても気にしないからな」
貴奨の許しが出て、俺は構えた。それが、乱闘開始の合図になった。
まず、つかみかかってきたネズミ面の腹に蹴りを食らわせて、返す体で背後に廻ってた男にも回しげりを決めた。
貴奨も眼光でびびらせて、その隙に、2人くらいをスマートに地面に這わせていた。・・・こいつ、喧嘩慣れしてる・・・?
残りの1人が結構手ごわくて、技をかける隙がない。焦ってたその時、背後に誰かがまわる気配がした。
・・・今から思えば、ほんとに焦ってたんだ。薄暗かったのも災いした。
俺はチンピラの1人が復活したと思って、援護しようとまわってくれたらしい貴奨に、問答無用で拳をくりだしていた。
次の瞬間、地面に這わされたのは俺の方だった。
俺もだけど、あいつも呆然としてた。ついでにチンピラも呆然としてた。
そしてチンピラには最悪なことに、俺達にとっては助かることに、
「そこで何をしてる!」
巡回中のおまわりさんが怒鳴りつけ、けりはついたのだった。
・・・俺はショックだった。だって武道はまったく経験ない筈の貴奨にねじふせられたんだ。やつは、俺が思いもかけず殴りかかってきたもんだから、とっさに条件反射で腕を捻りあげてしまったらしい。
「昔からの鍛錬の違いだ」
貴奨はそう言ってたけど、・・・腑に落ちない。
俺、一生こいつに精神面でも腕力でも、勝てないんじゃなかろうか。
そんな嫌な予感が脳裏をかすめた。
そして俺はその後、健さんにも手合わせを強要されて、・・・なしくずしにアッチのほうに展開を持ってかれて、・・・。
風間さんは話途中から小刻みに肩を震わせてた。
「それはおい、慎吾、おまえその予感間違ってねーよ。おまえにとってチーフは一生かかっても勝てない人、って本能にインプットされてるわ」
・・・そりゃ、腕力で勝ちたいとは思わないけどさ。
健さん守るために習ったんだしさ。
でもその健さんにも勝てないようじゃなあ。
俺には勝てない人が多い。
貴奨、健さん、高槻さん、江端さん。
勝てない人イコール、たいせつなひと、ってことになるのかな。
喜んでいいことなのか?
慎吾は複雑でした(笑)