その後
「慎吾くん、慎吾くん?」
「ん・・・。」
煩いな。
もう少し寝かせてよ。
俺はうつぶせになり毛布を頭からかぶった。
これで俺の安眠を誰も邪魔できまい。
まどろむ俺にごうを煮やしたのか。
毛布ごとかけ布団が引き剥がされた。
冬なのだから、そんな事をされてはたまったものではない。
しぶしぶ目を開け起き上がるとそこには困ったように貴奨を見つめる高槻さんと仁王立ちして毛布とかけ布団を腕に掛けた貴奨がいた。
「病人に何すんだよ?!」
「病人ならすぐさま起きて飯を食え。」
薬をちゃんと飲まないと治るものも治らない。
「ん。わかった。」
まだ身体は重かったけれど。
仕方ないので洗面所へと向かう。
顔を洗い、鏡をのぞくとそこには貴奨がいた。
「んぎゃ!!」
「んぎゃとは失礼な。」
それが義理とはいえ兄に対する態度か。
タオル、これ使え。
新しいやつを持ってきてくれたらしい。
「ありがと」
棚を見ると、何も入ってなかった。
貴奨にしちゃ珍しいな。
首を傾げつつもありがたく使わせていただく。
「気持ち悪いとは思うが、まだシャワーはやめとけよ?」
夜お風呂に入れてやる。
「いいよ! 自分ではいるからさ。」
「ふん、冗談だ」
くっと喉で笑うとキッチンへと戻っていった。
相変わらず俺で遊ぶのが好きなヤツだ。
「何か大事な事忘れてるような気がするんだけどなー。」
夢見が悪かったのかなあ?
まあいいや。
タオルを掛けると慎吾は、キッチンへと向かった。
そこには、貴奨には珍しくシチューがあった。
朝っぱらからこんなモノ作るなんて珍しいな。
でも、良く嗅ぐと何か普通とは違う香りがした。
この香り、なんだっけ?
嗅いだことあるような気がするんだけど。
貴奨は凝り性だから、何か隠し味にこったのか。
慎吾は大して疑いもせず席についた。
「いただきまーす」
ご飯をよそって食べようとしたそのとき。
「あ、待て。ご飯に掛けるモノがあるからな」
そういって貴奨は鍋に俺のお茶碗を持っていった。
その鍋は俺に忌まわしい記憶をよみがえらせた。
「や、やめろ!!! カラスがかわいそうぢゃないか!!」
「・・・・カラス?何の事だ?」
涙目で訴える俺を訝しげにこちらを見つめる貴奨。
「え、だって。」
「これは芹沢家に伝わる風邪によく効くと評判の出し汁だが?」
誰が評判したんだか。
高槻は内心腹がよじれるのを押さえるのに必死だった。
しかしココで気取られては慎吾くんが不審がるし。
何より芹沢の目が怖いのでそれこそ必死に我慢をした。
「そ、そんなの聞いたことないけど」
「当たり前だ。代々長男の家系に伝わる秘伝だからな。」
おまえは次男だろう?
よくもそこまで屁理屈が言えたものだ。
次男とかそう言う問題か?!
「そ、なんだ。」
しかし根が素直な慎吾は、あっさりと納得し。
「ごめん。変な夢見たみたいだ」
「気にするな、そう言うこともある。」
早く風邪を治せよ。
しゅんとなる慎吾くんに微笑む芹沢。
ココだけ見ると正に美しい兄弟愛。
俯く慎吾君を見る芹沢は実に嬉しそうだ。
可愛いんだろうなあ。
わたしだって可愛いものね。慎吾くんは。
芹沢の慎吾くんに対する愛情は並々ならぬものがある。
その愛情に感動して芹沢の手伝いをする事にしたのだから。
「ごちそうさまでした」
高槻が思考に入っていた間に、慎吾くんは食べ終わったらしい。
満足そうにおなかをさする。
そこで芹沢はニヤリとこっちを見やった。
嗚呼。やはりこれで終わらなかったか。
大体、こいつの愛情は歪んでいるんだ。
「ラスカーのアレ出してくれ」
ぐっ。ラスカーと来たか。今度こそツボに入った。
ラスカーって何だよ!
「ち、ちょっと失礼」
トイレに掛け込むと一気に緊張が緩み ひたすら腹を抱えて笑った。
気が狂ったかのように笑う自分がまたツボで。
ようやく笑いが収まるのを感じてキッチンに 何食わぬ顔で戻る。
そこには、青ざめた顔でラスカー(笑)の目玉を上品にナイフとフォークで切り分け口に入れる貴奨を見つめる慎吾くんの姿があった。
「か、からす!」
「ん?これはカラスじゃない。」
よく似ているがラスカーと芹沢家では呼ばれている。
今度の屁理屈もまた冴えていたがそこまで騙される慎吾くんではない。
「まさか。シチューにも入ってたのか?」
「ああ。だしを取ったんだ。」
楽しそうに答える芹沢に比べて慎吾くんの痛々しいこと。
だけどそれもまた可愛いんだけどね。(鬼)
「おまえの風邪を治すためだ。」
ラスカーの一つや二つ安いものだろう?
早く治さないと体力も消耗するばかりだし。
おまえの勉強も滞る。余計なことだったか?
イジメにも満足したのかさらっと懐柔作線へと移行する芹沢。
「・・・・・・」
慎吾くんは言葉も出ない。
そう言われてしまえば、芹沢に非はないからだ。
「こ、こんどからはやめてくれよ!」
カラスの方が可愛そうだし。
俺もそんなんで治ってもカラス見るたびに 申し訳ないし。
「わかった。おまえは優しいな」
にっこり約束する芹沢にようやく安心したように笑みを見せる。
「約束だぞ」
「ああ。」
そこにはにこやかに約束を交わす兄弟がいた。
しかし、ハリセンボンのむようなヤツだろうか?
やっぱり素直で可愛いなあと改めて高槻は思うのだった。
その後、秘密の冷蔵庫にあったラスカーが。
少しずつ、少しずつなくなっていったことを。
慎吾くんは未だ知らない。
これからも知らなくていいのだ。
聡い方はお察しのことだろうと思うけれど。
芹沢は、今あるラスカーも使わないとは一言もいってない。
それに気づかない慎吾くんはある意味幸せなんだろう。
こんな兄を持ったことをのろうしかない。
ただ言えるのはこれまで見てきたどんな芹沢よりも今の芹沢は幸せそうに見えると言うことだ。