これが恋と 呼べなくても
この間の雨の夜、貴奨と高槻さんのそういうシーンに出くわしてしまった。
それ以来、俺は二人の顔がまともに見れない。
高槻さんは大阪に戻ったからいいんだけど、貴奨がどうも俺の事を避けてるみたいだった。
だって、今日でもう一週間、顔を見てない。
顔をあわせたらあわせたで、確かに気まずいんだけど、こうまで会わないといろいろ心配になってくる。
家には帰ってきてるのに、食事した痕がまったくなかったり、(流しとか食器洗い機とか見れば分かる)ベッドのシーツにまったく皺がついてなかったり。
確かに帰っては来てるけど、俺がいないときだから、何しに帰ってきてるのかさえわからない。
だから、心配は日ごと、つのっていく。
「避けられてんのかなあ、やっぱり・・・」
「んん? 貴奨さんのことか?」
俺の肩先に触れる健さんの息がくすぐったくて、俺は思わず身をよじった。でも健さんは離してくれなくて。
「一週間だろ? 確かに変かもなあ。おまえ、何やったんだ〜?」
「何もしてないよ!」
ウソです。真っ最中に出くわしました。
・・・でもそんな、今更・・・。俺、大阪でも見ちゃったのに。
なら、あの件とは関係なしに、俺が貴奨に避けられること何かしたってことだろうか。心当たりなんかないのに。
「シ〜ン? おまえ、今のツラ鏡で見てみな。俺の前でそんなツラあよくできんな」
いきなりがっし、と首根っこをつかまれて、俺は硬直した。
「え、え、な、何? 俺どんな顔してた?」
唇が触れるぎりぎりのところまで俺の顔を健さんは引き寄せて、にやりと顔をゆがませた。
「今、貴奨さんのこと考えてたな?」
「? うん・・・健さんに相談してたじゃんか」
「好きな奴のこと考えてるツラしてた」
「――――――!!」
そんなはずない!!
否定したかったけど、あの夜のことを思い出して、できなくなった。
あの夜、あのあと、眠れなかったんだ。
何でなのか、ショックで、胸が痛くて。
ほんとに痛くて、眠れなかったんだ。
その時はそれがなんなのか考えもしなかったけれど。
「貴奨さんが気になんだろ?」
「まさか。兄貴ですよ?」
兄貴じゃなくて、1人の男として見てるっていうのか?
―――まさか!!
「ムカつくな、シンちゃん? 俺といるときは他の奴の事なんか考えんな」
そう言って俺を突き放して立ちあがった健さんの眼はすごく冷たくて、俺は硬直した。
動けなくなってる間に、健さんは部屋を出て行ってしまった。
―――どうしよう。怒らせちゃった。
泣きそうになりながら、追いかけようと部屋を出たところで、ちょうど玄関に入ってきた江端さんといきあった。
「慎吾? どうした、泣きそうなツラして」
「江端さんどうしよう! 俺健さん怒らせちゃったよ」
「健を?」
事情を聞いた江端さんはまず、下で健さんとすれ違い、タバコを買ってくると言ってたと教えてくれた。
それで少し落ち着いた。だってそう言ったって事は戻ってくるってことだよね?
「それから貴奨さんのことだが。健はおまえに狂ってるからな。邪推してもしょうがないんじゃないか? あんまり気にするな。アイツは馬鹿だ」
え、江端さん・・・。
「・・・でもホントに貴奨が好きなはず無いです。ただ俺は弟として・・・」
「いいんじゃないのか。無理に気持ちに名前つけるこたあない。そのうちゆっくりででも、わかってくるさ」
そう言った江端さんの眼は凄く優しくて、俺はまた不覚にも泣きそうになってしまった。
「ありがと・・・ございます。ちょっと楽になったかも」
ぽんぽんと、その大きな手で頭を撫でてくれながら、江端さんは微笑んだ。
「ほんとにおまえは素直でかわいいな。健の今までの相手の中で一番じゃないか?」
「それってあんま嬉しくないかも・・・」
「褒めてるんだ」
笑いを含んだかっこいい迫力のある顔が、そう言いながら近づいてきた。と思ったら唇に何か柔らかいものが触れた。
自分が何されてるか気付いたのは、健さんの怒声で我に返ったときだった。・・・江端さん今何したー!? うわああああ!!
「江端ア! てめえ人のもんに何しやがる!」
「おまえの機嫌に振り回されてる慎吾を慰めただけだ」
「ふざけんな! シンこっち来い、消毒する!!」
逆上した健さんがほんとに湯沸しポットを持ち上げたのを見て、俺はあせった。
「やだよ!! 人の口だと思って!」
「うるせー! よりによって江端になんかさせやがって!」
そう怒鳴る健さんの眼にはさっきの冷たさなんかかけらもなかった。
いつもの健さんだった。
逃げる俺の目の端に、それはそれは楽しそうに、でも優しい眼で笑ってる江端さんが映った。
江端さんが言った。自分でもわからない気持ちに、無理に名前をつけることはないって。いつかははっきりすることだって。
そうだよね。
これが恋と呼べなくても、健さんも貴奨も、江端さんも、かけがえのない大切なひとだということに変わりはないんだから。
そしてその晩、貴奨が帰ってきて、久しぶりに一緒に飯を食った。
いつもどおりで、すごくほっとした。
いまもまだ、貴奨を見ると、一緒にいると胸がちくちくする。
でもどうしたらいいかわからないから。
とりあえず今は、奴のことをあんまり意識しないようにしようと思う・・・。