神鳴
今年の七夕は、どしゃぶりの雨と雷で始まった。
「鷲尾さん、遅くなるとか言ってたな・・・」
早めに帰宅していた絹一は、カーテンを透かして煌めく稲妻を見ながら呟いた。
鷲尾は車だから、このくらいの雨なら平気だろうけど。
きっとこんな夜に彼を雇った女性は幸運だ。あの腕に守られていれば、うるさいくらいの雨の音も、稲光も轟音も、怖くなどないだろう。
ふと思いついて、部屋の明かりを消し、カーテンを開ける。
幾度も暗い空を割る光。
それは、暗い部屋から眺めると、どこか現実離れしていて、夢のようだった。
稲妻にみとれていた絹一は、雨の音に混じったエンジン音を聞きつけた。下を見下ろすと、二つのヘッドライトの明かりが目に入る。鷲尾のコルベットだった。
仕事はどうしたんだろう? そう思って、絹一は、自分でも気づかないうちに部屋を出てしまっていた。
「鷲尾さん」
エレベーターを待っていたら、ちょうどそれに鷲尾が乗っていた。
「仕事じゃなかったんですか?」
そう訊きながら、絹一は鷲尾の隣に滑り込む。エレベーターの扉が閉まり、動き出してから付け加える。
「上から見てたら、鷲尾さんの車が帰って来るのが見えたんです」
「ああ、それがな・・・」
鷲尾は苦笑して肩をすくめた。
「女が、雷を怖がってな、仕事にならなかったんだ。それで、家まで送って行った」
「へえ。鷲尾さんにそばにいてもらうほうが、怖くないような気がするけど」
意外だと、絹一は首を傾げる。
「まあな、俺もそう思ったんだけどな」
そう言って、鷲尾は笑った。
「おまえは? 怖くないか?」
「それこそ、女じゃあるまいし。落ちたら嫌ですけどね、雷自体は別に。さっきも部屋の電気消して見てましたよ。綺麗でした」
「ああ、俺も嫌いじゃないな」
鷲尾が絹一に笑いかけたところで、エレベーターが到着した。
「今日は帰らない予定だったのにな。調子が狂っちまった。絹一、おまえ、俺の部屋にちょっと寄らないか? 一杯つきあえよ」
「そうですね、それじゃ、お言葉に甘えて」
衝動的に部屋を出てしまった絹一にとって、その誘いは嬉しかった。
「・・・稲妻がね、綺麗なんですよ。部屋を暗くしたほうが、ずっと綺麗に見える」
それが誘い文句になると気づいていない絹一に、鷲尾はそっと笑って、自分の部屋のドアを開けてやった。