投稿(妄想)小説の部屋

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No.61 (2000/06/29 01:24) 投稿者:あらぶ

好き。

「ん〜、どうしようか」
 顎に手を当て、鏡の前で悩んでいる風なのはアシュレイか。
 身に付けた、光沢のある白い服の裾をつまんで、先程から上げたり下げたりしている。
 どうやら裾丈の具合をはかっているようなのだけど…なにやら、雰囲気があやしい。
 頬を染めつつ、長いストロベリーブロンドに指をからめ、鏡の中の自分を、うっとりと見つめていたりするのだから。
 そう。これがアシュレイのはずもなく、実体は、変化の術でアシュレイに姿を変えた守天だった。
 このために、彼は大急ぎで仕事を片付けて、早い時間に私室へさがったのだ。
 天守塔にやってきた商人が、参考に、といって服を置いていったのがそもそも。
 出入りの商人は、こうしてたまに最新のデザインの服を何点か持ち込み、後日注文を取りにくる、ということもしているのだ。
 その中の1枚を、アシュレイに贈ろうと思ったティアなのだけど。
 実際本人の姿であわせて見た方が、良いというのはそのとおりなのだけど――。
「も、ちょっと上げたほうが好いかな。…うん可愛いよ、アシュレイ…」
 壁の耳と、障子の目がないのをいいことに、どうやらタガが外れてしまった様子。
 鏡に映ったアシュレイの姿に頬ずりし、一人二役のラブシーンまで始めてしまっては。
 すっかりこの遊びが気に入ったティアは、鏡の中のアシュレイに、誓いのセリフを言わせてみたり。
「愛してる、ティア。…ずっと二人一緒にいよう」
 もっとも声は守天のまま。
 声を変える呪文を覚えておくのだった…と舌を出しつつ、鏡に唇を寄せようとしたそのとき、窓の方でガタガタッ!と燭台が倒れる派手な音がした。
 この結界は、アシュレイ以外通れないように組んであるのだからして。
「き、きてたのか アシュレイっ」
 振り向けば果たして、そこにいたのはご当人。
「なっ…なっ…、なん…っ」
「アシュレイ、これはっ」
「なにしてやがる―――っ!!」
 壁に背を張り付け、顔をくしゃくしゃにして、毛を逆立てた猫のようにアシュレイがわめく。
 弁解のティアは、変化も解かずにアシュレイの姿のまま訴える。
「ま、待って 怒んないで、ね? お前に服をプレゼントしようと思って。ちゃんとあわせた方がいいと思って試着してたんだよ!」
「それだけじゃないだろ変態っ いつもこんなことしてんのかっ!?」
 …せっかく、守天が下出に出ようと思ってたのに。
「変態?」
「大変態だ! 俺に化けてなにしてたっ!」
「なにしたと…思うの?」
「わっ!」
 ふいに、ずいっと距離を詰められて、アシュレイは肩をすくめた。後ろは壁だ。
 見慣れた自分の顔が、ねだるような甘い表情を浮かべるのを初めて見た。
「そそ、そんな顔で見るなよっ」
「そんな顔って、自分の顔じゃない。恥ずかしいの?」
「俺はそんな顔じゃないっ!」
「こんな顔だよ。可愛くて、食べちゃいたいくらい…」
 ティアは芝居っ気たっぷりに、せつない熱に紅い瞳を潤ませて、わざと恋人を見つめてやった。
 ひとを変態呼ばわりした恋人を、いじめてやる気充分なのだ。
「そう。…あのときは、こんな風に『はやく、ティア…』って」
「嘘だっ」
「おぼえてないの?」
 そむけられたアシュレイの目が、あちこち泳ぐ。そんなふうに尋ねられたら…。
 みるみるうちに、いたたまれないように真っ赤になった。
 目をつぶっても、思わず口走った記憶が消えるわけじゃない。
 でも、あんなときの、自分のそんな表情を、実演されて見せ付けられるなんて、思ってもみなかった。
「じゃあ思い出させてあげる」
「てめ――!」
 睨み付けようと、ひらいた目に飛び込んできたのは、変化を解いた、やさしい薄茶色の瞳。
「……………」
 耳に甘い誘惑の言葉を吹き込まれて、今度はもう、アシュレイは睨み付けなかった。


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