西遊記?
「忍・梧空、サー・慎吾浄、疲れたんじゃないかい? 二人とも一緒にここに乗る?」
夕暮れの逆光をうけ、けぶる金髪を揺らめかせながら微笑んだ玄奘一樹は愛馬、玉竜ディアブロの馬上からそっと声をかけた。
見つめられ、左脇に控えていた忍はつい見とれて返事が送れた。
反対側の慎吾もやはり揺れる金髪に目を奪われたが生来の几帳面さからか返事を返した。
「ありがとうございます。オレなら平気です。でももうすぐ日が暮れそうだからそろそろ野営の準備をしたほうがいいかも・・・」
遥か西方に位置する天竺を目指し旅する一行はもう4日も邑らしい集落を見出せず野宿を重ねていた。
一樹は二人の疲労を見て取るとくるりと後ろを振りかえり、
「猪・二葉・八戒!一寸行ってキャンプの出来そうな場所をさがしてくれないか。」
と遥か後方を不貞腐れた様子で歩くもう一人の供を呼んだ。
二葉はちろりと俯いた顔を上げ一樹をねめつけ不満を現したが、すぐ何か含みをもたせ破顔し一行に向かって走り寄り、
「オーケー。忍!キント雲出せ!一緒に行こっ。」
と、強引に忍の左手を引っ張り、
「待って! 二葉! 痛いよ、ええと・・・招来!キント雲!・・」
忍は引きずられながらも二葉の強い瞳には逆らえずピンク色のキレイな雲を呼び出し、転がるように飛び乗って視界から消えていった。
「あ〜あ。ふふふ、行っちゃった。どうしよう、二人っきりになっちゃたね」
妖しい目線を三蔵は慎吾に送り馬上からそっと手をのばし、指先で慎吾の頭の滑らかな白磁の皿を辿る。
「あ、あんまり移動しないほうがいいですよね。」
慎吾は執拗に絡みつく滑らかな指先から逃れるように身を捩った。
一樹は嬉しそうにそんな慎吾を眺めながらもそれ以上は追求せずしなかった。
(ふふふ。いたずらに怯えさせちゃうと警戒されちゃうからね)
そんな一樹の思惑を知ってか知らずか慎吾はのんびりと西の空を見つめてつぶやいた。
「でも、あいつら何処まで行っちゃたのかなあ。」
「あの子達今日は帰ってこないかもね。・・・ふふふ。」
夕映えを浴びながら一樹は怪しく微笑んだ。
三蔵たちが途方に暮れていたその場所からそう遠くない森の中に忍と二葉は降り立った。
急激に暮れていく陽の中で忍は野営できそうな場所を熱心に探していた。
二葉はそんな彼を愛おしそうに見つめながらついて行った。
森の中、テントを張れる場所はないかと右へ左へ長い尻尾を揺らしながら彷徨う様は、まるで自分を誘っているようだった。
二葉はそっと背後から忍び寄るとその尻尾をぎゅっと握り締めた。
「あんっ! ・・・うあっ、止めてよ! 二葉っ、イタッ・・っつ」
忍の艶めいた声に驚いたのは二葉のほうだった。ドギマギしながらごめんと慌てて手を引っ込め、
(尻尾が忍のイイとこだったのか。これは一樹にバレたら絶対マズイ。誰にも知られないようにしなきゃな。忍はオレが守る!)
と、コブシをぐっと胸の前で握り締めた。
忍は黒目がちな瞳を潤ませ尻尾をさすりながら媚態とも取れる上目遣いで二葉を見上げ、
「ちゃんと、探してる?早くしないと日が暮れちゃうよ。皆待ってるんだからね。」
「ブッッ!」
あまりのいじらしいその様子に二葉は鼻血を吹いてしまった。
「どうしたのっ!? 大丈夫? 二葉? 二葉?」
「い、いや、大丈夫だ」
膝をついて顔を覆っている二葉の肩ををそっと抱いて忍は心配そうに顔を覗き込んだ。
二葉の手を退けて拭いきれなかった血の跡をそっと舐めとる。
「ああ、オレ・・・もう、駄目かも知れない・・しのぶうううううっ」
一樹のつぶやきは現実となった。