投稿(妄想)小説の部屋

ここは、みなさんからの投稿小説を紹介するページです。
投稿はこちらのページから。 感想は、投稿小説専用の掲示板へお願いします。

No.30 (2000/05/21 00:02) 投稿者:明花 (=明希子)

遥かなる空へ

   遥かなる空へ1 − カイシャンの手紙 −

きちんと文字を習い始めて半年のち、
カイシャンは桂花に、はじめての手紙を書いた。

 『   桂花へ

  おれ、まだあんまり もじはしらないけど
  桂花のなまえだけは ちゃんとかけるんだ
  おしえてもらったとき 一回で おぼえたからな

  まえに桂花、言ってたよな
  口にできないおもいを つたえるために もじがあるんだって

  桂花だけだよ、いつでも おれのこと守ってくれるのは…
  おれ、いまはまだ おまえに守ってもらってばっかりだけど、
  はやく大きくなって、それでもっと つよくなったら、
  こんどは おれが桂花を 守ってやる
  ぜったいに なかせたりしないよ  やくそくする

  桂花がかなしいと おれもかなしいし、
  桂花がうれしいと おれもすっごくうれしいんだ

  …だから ずっと おれのそばにいてよ
  おれ、桂花のこと だいすきなんだ
  桂花のわらってるかお、いつまでも みてたいからさ

      カイシャン  』

 はじめて書く手紙にしては、あまりに長く…。
 けれど、とても丁寧に綴られた一文字一文字から、カイシャンの熱い想いの丈が溢れんばかりのその手紙に、もう何も感じないはずの躰の芯が、瞳の奥が、痛むようにしんしんと、あたたかく狂おしい感傷(もの)で満たされていくのを、ひとり桂花は、何度も何度も感じ取っていた。

            −∽−◇★☆★◇−∽−

   遥かなる空へ2 − 俺の相棒へ −

 『 よう、ちゃんとメシ食ってっか?
   なるべく早く帰れるようにするから
   そこで待っててくれな       』

「フ…、幼い子供の手紙じゃないんですから…」
 突然届いた柢王からの手紙…とも言えないほどの短い便りを読んで、桂花の口もとから、思わず笑みがこぼれる。
 柢王が手紙なんてよこすのは、まさにはじめての出来事で。
 とんでもなく筆不精な彼は、手紙を書くのが大の苦手なのである。
「…もしかして、このあいだ戻ってきた時のことを気にかけてくれたのか…?」

 東の結界石が割れるという大事件があってからこっち、以前にもまして任務やらなにやらで柢王は、よく桂花だけを天主塔に残して人間界へ赴いたりと、あちこち忙しく飛びまわっている。
 長いあいだ逢えずにいて、やっと戻ってこれたと思っても、またすぐに出ていかなければならなくて。
 その度にいつも、
『おまえ、また痩せたんじゃねぇか?』
と、あの腕に紫微色の躰を抱きしめてみては、
『もっとマメだと良かったんだが、手紙は性に合わなくてさ。わりィ』
そ んなふうに、何を言わなくとも彼は、決して寂しさを口には出せない自分のことを、やさしく気遣ってくれていた。

「…差出し人の名前を書くのも忘れてますよ」
 少し、動揺しているのだろうか…。
 なんだか、胸の奥が妙にくすぐったくて、たまらなくて。
 ついつい、しゃべる相手もいないのに、緩む口もとから独り言が洩れてしまう桂花である。

 柢王からのはじめての手紙は、たった3行の、短い短いもの―――
 彼の名前も、桂花の名前も。それどころか、今どこで何をしているのかさえも、なにも書かれてはいない。
 なのにそれは、とても彼らしい手紙で…。
 桂花には、その数行の言葉だけで、もう十分だった。

 本当は何時(いつ)だって、あのひとと共に在りたいけれど。
 あのひとの傍で、あのひとを想って、ただあのひとのためだけに…。
 心の中ではもうずっと、哀しいくらいに、ただそれだけを願っているけれど。

『待っててくれな』
 その、たった一言だけで、あのひとも吾を必要としてくれていると信じられるだなんて、変だろうか。
 どこにも行かないでくれと、いつまでも俺の傍にいてくれと…。
『帰るから』
 柢王は言う。
 どんな時も、何があっても、必ずおまえのところへ帰るからと…。

 それは、ただひとり、彼だけが吾にくれた“約束”
 吾が、ただひとり、彼だけに信じられる“絆”

 たとえ離れてはいても、吾が想うように、あのひとの心も吾のもとにあると、たしかにそう感じていられた―――

            −∽−◇★☆★◇−∽−

   遥かなる空へ3 − 永遠の風 −

 遠く抜けるような蒼穹の下、長い髪のその男(ひと)は居た。
 広く果てしない草原に、けれど彼は、独りだった。
 たったひとりきり、ひっそりと音もなく、眠るように横たわっていた。

 空を渡る鳥さえいない。
 どこまでも続く草原のなか、その姿はとても儚くて…。
 それでいて、なぜか魅かれてやまず、その存在は、不思議に煌いてみえた。

 あお向いた頬にかかる睫(まつげ)が、うっすらと濡れて光っている。
 辺りの草露を含んだのか、あるいは、こぼした雫の痕跡か…。
 そして、上衣の袂(たもと)には、なにか白いもの―――
 片方だけ胸に預けた手のひらに、二枚の紙きれを抱えて、横たわっていた。
 大事そうに…、とても大切そうに…。

 彼は、何を胸に抱いて、何を心に描いて、そうして佇んでいるのだろうか…。
 瞳の見えない横顔は、呼吸も鼓動さえも感じられない人形のようで。
 周りでは、揺れる草がさわさわと、心地好い息吹の音を響かせているのに。
 ただ彼の時間(とき)だけが、哀しく止まってしまっているかのようだった。

 やがて。
 血の涙も、とうに枯れ果ててしまった頃―――

 さあっ…と、何処からか、ゆるやかな風が吹いてきて…。
 胸の上で、二枚の紙が、ひらひらとはためく。
 彼の長い髪も、ふうわり…風にそよいで持ち上げられる。
 訪れた風は、細い手足に絡まり、撫でるように頬に触れ、そして。
 彼のなかを繰りかえし通り抜けては、やさしく包んで満たしていった―――

 …かすかに、彼の唇が動いた…ような気がした。
 ふと、表情が、泣きそうに綻んだ…ように見えた。

 『あぁ……、あなたはいつだって…、こんな近くに居てくれたのですね…』

 零れたのは、囁きよりもささやかな心の声。
 もしかするとそれは、ただ風が生んだ幻聴…だったのかもしれない。
 けれどたしかに。
 暗闇の底に見失いそうだった想いも、いっそ止めてしまいたかった息の根も。
 再び灯りはじめて、熱く切ない時間(とき)を刻む音が、体中を震わせた。

 『……吾も…。
 たとえあなたが、どんなあなたでも…、いつまでもずっとお傍に…』

  ―――過去、現在、そして遥かなる空へ
     それはきっと、永遠に紡がれてゆく風の想詩(うた)


この投稿者の作品をもっと読む | 投稿小説目次TOPに戻る